風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
~ 海外短編旅行記 第1話 ~

極寒のモスクワ散策日記

*** ページの目次 ***

~~~ §1、プロローグ ~~~

<1997年12月3日>

私の乗っている飛行機は、間もなくモスクワ空港に到着しようとしていました。
次第に高度が下がっていく感覚に、少々緊張しながら着陸を待ちました。
今回の旅の目的地は、ここモスクワではなくモロッコでした。
モロッコ行きの一番安いチケットを選んだら、アエロフロート(ロシア航空)だったので、必然的にモスクワ経由になってしまったという訳です。
今、その旅を終え、後はモスクワで飛行機を乗り継いで日本へ帰国するだけです。

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ただ困ったことにモスクワからモロッコまでは週2便しか運行していないうえに、乗り継ぎ時間がむちゃくちゃ長いという問題点がありました。
往路の場合は、夜、モスクワに着いて、出発が朝でした。
乗り継ぎ時間は約12時間。
乗り継ぎ客にはトランジットホテルを用意してくれる航空会社もありますが、貧乏なのか、けちなのかアエロフロートは用意されていません。
泊まりたかったら、勝手に自前でどうぞってな感じです。
だから安いのかと考えると、何も言えなくなってしまうのですが、トランジットホテルに泊まってしまうと、安いというメリットが消えて、不便で時間がかかるというデメリットしか残らないのも事実です。

ここでホテルに泊まっては何のためにアエロフロートに乗ったのかわからんぞ。
という事で、当初の予定通り頑張って空港で一晩明かす事にしました。
幸いな事に隅っこの方で横になって寝ている人も多く、私も空港のパンフレットなどを床に敷いて寝る事にしました。
でも、なんだか、これって・・・、モスクワ空港でホームレス体験?
って、あまり楽しくない一夜を過ごすこととなってしまいました。

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そして今回の復路も14時間の乗り継ぎ時間がありました。
ただ違うのは、今回は到着が朝の5時過ぎで、出発が夜の7時と、昼間待たなければならないことでした。
だから、往路の時のように隅っこで寝ているわけにはいきません。
きっと叩き起こされます。
かといって、14時間も空港のベンチで何もしないのは拷問のような退屈地獄です。

ただ一つ希望があり、出国前に読んだガイドブックによると、空港でトランジットビザが取得できるかもしれないと書いてありました。
確実ではないようでしたが、ビザの取得等が厄介でなかなか気軽に訪れることのできない国です。
この機会にロシアに入国したい。モスクワの町を見てみたい。
そう思うのは当然の成り行きですし、もちろん時間も有効に使えます。
それにはビザが取得できる事を期待するしかありません。

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シェレメチェボ空港1
シェレメチェボ空港2
モスクワの空の玄関
シェレメチェボ空港
(2001年の滞在時に撮影したもの)

やがて「ドスっ」と軽い衝撃があり、飛行機は無事にモスクワの空の玄関シェレメチェボ空港に着陸しました。
窓の外はまだ暗闇が支配していましたが、照明に照らされた滑走路に雪が積もっているのは確認できました。
さすが北国モスクワ。
比較的暖かかったモロッコから来ると、窓一枚隔てた向こう側は想像もつかない極寒といった感じで、思わず身震がしてきました。

やれ降りるか。
時計を見ると午前5時過ぎ。
律儀なことに定刻の到着でした。
まだ大半の人が寝ているような時間なので、もっとゆっくり・・・そう2時間ぐらい遅れてもかまわないのに・・・などと自分勝手に思ってしまいました。

飛行機から降り、空港の建物に入りました。
そして乗り継ぎと書かれた案内板に従って進み、パスポートや航空券のチェックを受け、免税店などがある出発ロビーにやって来ました。
1ヶ月前はここで一晩明かしたんだよな。
そう思うと少し懐かしい。

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まずはイミグレーションオフィスを探して訪れたものの、ドアは閉まっていて、まだ営業していないような感じでした。
なんだか開けにくい雰囲気のドアだな。
ドアを叩いたりしたら「うるせ~何時だと思っているんだ!」なんて怒鳴られて、ビザが下りないなんて事はないだろうか・・・。
仮に営業しているとしても、こんな早朝にビザをもらっても外でする事がないよな。
・・・。ビザの係りの人はいない事にしよう・・・。
隅っこの椅子で横になり、寝て待つことにしました。

~~~ §2、入国審査 ~~~

シェレメチェボ空港3
シェレメチェボ空港内

ふと目が覚めると、7時を過ぎていました。
空港内は薄暗く、ちょっと陰気な雰囲気です。
昔読んだ本には、ここの空港は燃料の削減の為、照明を半分しか付けていないと書かれていました。
その時はまさかなと思っていたのですが、現実にこの薄暗さを体感すると本当にそうかもしれないと思いました。

さて、そろそろオフィスも開いたかな。
再びビザの係りの人がいるオフィスに行ってみました。
相変わらずドアは閉まっていて、窓にはカーテンが閉まったままでした。
もしかしたら24時間体制で中に人がいるのかも。
いやここは社会主義だから・・・。
あれこれと考えるものの、思い切って入る勇気がわいてきません。
きっといないだろうし、こんなに朝早くだと迷惑に違いないと自分に言い訳して、再びベンチに戻って寝始めました。

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うとうとしていると、今度は騒がしくて目が覚めました。
ちょうど目の前を白人の団体客がにぎやかに通りすぎているところでした。
楽しそうだな。どこへ行くのだろう?
雰囲気的にこれから旅が始まるといったところかな。
時計を見ると8時でした。さすがにもう開いているに違いない。
ビザのオフィスに足を運んでみると、カーテンは締まっているものの、扉が少し開いていました。
中に誰かいるのは確かだ。
よしっ。意を決し、軽くノックをして中に入りました。

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中に入ると、いかついロシア人のおじさんが椅子に座っていました。
アラブ人がみんなサダムフセインに似ていると感じるように、どうも私の頭の中ではロシア人は映画の中のマフィアに似ているように思えてしまいます。
ちょっとビビリながら「グッドモーニング」と挨拶をしたものの、予想通りの対応というか、こっちをジロッと見ただけで反応がありませんでした。
きっとこれはロシア式の挨拶なのだろう。
今までの経験からすると、こういった場合はこちらも少し図々しく行動した方がいい。
気にせずに椅子に座って、「ビザを発行して欲しい。」と用件を言いました。

すると間髪いれずに「パスポートと航空券を出しなさい」とぶっきらぼうに言われました。
なんか形式的というか、愛想の欠片もないな。
でも愛想良く誰にでもポンポンとビザを発給する係官が日本の空港にいたなら、それはそれで嫌だな。
そう思うと、これはこれでいいのかも・・・。
何にしてもビザが手に入らなければ、この後拷問のような退屈さが待っています。
ここは辛抱するべきだ。
堂々とした態度で、尚かつなるべく印象がいいように笑顔を絶やさずパスポートや航空券を渡しました。

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係りの人は提出されたパスポートと航空券をまじまじと眺め、「どうして入りたいんだ?」とか「何をするつもりだ?」とか聞いてきました。
「私は観光客です。クレムリンに行きたい。乗り継ぎ時間がありすぎるので、退屈だ。お願いします。」
と頼みました。
すると「ちょっと待ってろ」と、パスポートを持って奥の部屋に入っていきました。
後はおとなしく待っているしかありません。
まるでテストの結果発表みたいな感じです。
よく考えると、私の着ている服は・・・実はモロッコの民族衣装でした。
自分でも怪しく見えるから、他の人が見たらもっと怪しく見えるに違いありません。

ただこれは意図してこの服を着ていたわけではありませんでした。
アエロフロートで乗り継ぎのある場合、荷物を預けるとかなりの確率でモスクワ空港で鞄を盗まれるという話は旅行に詳しい人なら有名なことです。
そうならないように往路同様にバックパックを機内に持ち込むつもりだったのが、モロッコの空港で飛行機に乗る寸前の搭乗チェックで大きすぎるから駄目だと言われ、どう粘っても持ち込めませんでした。
おかげで着る服は全て預けた荷物の中に入ったままです。
モロッコを出るまではモロッコの民族衣装を着ていよう。
そしてモスクワに着いたら着替えようと思っていたのですが、荷物が手元にないのでそのまま着続けるしかないのです。

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なかなか戻ってこない。ブラックリストなどを調べているのだろうか。
そうであっても私はそのようなものに載るような事はしていないので、多分大丈夫だろう。
でも心配だな。そう思っていると、さっきのおじさんが戻ってきました。
相変わらず仏頂面です。
そして「ビザの許可は下りた。」と言い、すぐに「君はムスリム(イスラム教徒)か?」と聞いてきました。
やはりこの服が怪しく見えるらしい。
私は「いいえ。この服は前の訪問地モロッコで買ったものです。」と言いました。
すると、「その格好では入国できない。他の服に着替えなさい。クレムリンは神聖な場所です。宗教的な問題が起きると大変だ。」と言われました。
「わかりました。」と作り笑顔で答えましたが、なんだか雲行きが怪しくなってきました。

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ビザ代40ドルを払い、ビザを受け取りました。
渡されたのは3日間有効のトランジットビザでした。
12時間の為に40ドルか。
3日もいないから半額にしてくれと思ってしまうのですが、これはどうにもならない事。
高いからって空港でじっとしているのはたまりません。
きっとモスクワ市内には40ドル以上の価値が待っているに違いない。
そう納得する事にしました。

面白い事にロシアのビザはパスポートに押されるのではなく、三枚綴りの書類になっていました。
係りのおじさんが言うには、入国の時に一枚切り離して、出国の時に残りを回収するシステムをとっているとの事。
だから絶対になくすなとの事でした。
なくしたらどうなるんだろうと疑問がもたげてきましたが、この無愛想なおじさんにそんな冗談交じりの質問をする勇気はなく、ビザを受け取った後は「ありがとう」と言って、速やかにそこの部屋から退散しました。
ビザさえ手に入ればある意味こっちのものです。

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ビザをもらってすぐに入国審査へ向かいました。
着替えろって言われても、今はこの服しか持っていないからどうすることもできません。
何か言われたら「入国してすぐ買います。」って言えば大丈夫だろう。
恐る恐る入国審査台に向かうと、審査官は女の人でした。
書類を提出すると、私の顔を一瞥しただけで、パスポートにスタンプを押してくれました。
書類さえそろっていればといった感じであっけないほど簡単に入国審査は終了してしまいました。
これが社会主義の象徴であるロシアの入国審査なのか。
イギリスやアメリカ並みの質問攻めにあうと思ったのに・・・あっけなさすぎるぞ。
次は税関でしたが、小さなリュック一つの私は調べようともしませんでした。
なにより係りの人はおしゃべりの方に夢中のようでした。
なんと簡単なんだろう。さっきまでの不安が吹き飛びました。
余裕ではないか。

~~~ §3、最初の試練 ~~~

入国審査を終えると、空港の到着ロビーに出ました。
空港内はあまり活気がありませんでした。朝早いせいだろうか。
いや、空港内にある免税店からして活気がないのだからして、これが普通に違いない。
とにかく両替をしなければ。銀行はすぐ目に付くところにあり、両替の窓口には結構人が並んでいました。
ここで迷いました。ロシアの物価は一体どれほどのものだろう?
町中で簡単に両替はできるのだろうか?

ここの両替所はかなり並んでいるし、ロシアでは並ぶのが当たり前だというイメージがあります。
ここである程度両替しておかないと、後で両替ができなくて大変な事態に陥ることになってしまうかも。
飛行場に戻れなくて、飛行機に間に合わなくて・・・。
そう考えると恐ろしい。
とりあえずお金には余裕があるので、ここは思い切って1万円両替しておくか。
余ったらモスクワのお土産を沢山買えばいいや。
モスクワに今後来る事なんて・・・・・、きっとないだろうし、何より不安になりながら観光するよりはいいはずだ。

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ようやく私の順番がやってきたので、1万円とパスポートを出しました。
窓口の人は明るい若い男性でした。
てきぱきと働き、愛想が良く、なかなかの好印象。
そして、彼から受け取ったお金を確認するが、う~ん・・・。なんだか沢山あるぞ。
予想外にもらう紙幣の数が多く、心の準備をしていなかったので、数えるのが面倒臭い状態。
まぁいいやと思い、数える仕草だけして「オッケー、ありがとう。さようなら」と言うと、「どういたしまして、良い旅行を」とかえってきました。
なんとさわやかで好感が持てるのだろう。
さっきのイミグレのおじさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思ってしまいました。
私の中にあったロシア人とは気難しく、無愛想であるというイメージが少しよい方向に変わりました。

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さて両替も済んだので、今度は空港から市内まで行く方法を考えないといけません。
日本で調べた限りでは、バスと地下鉄を乗り継ぐのが一番安い方法でした。
一応持ってきたバスと地下鉄の路線図を頼りに挑戦してみる事にしました。
まずはバス停を探さないと・・・。
うろうろとバス停の案内板を探していると、一人の男の人が声をかけてきました。
「ミスター、タクシー?」って、タクシーの勧誘でした。
タクシーに乗れば乗り継ぎもなく楽に行けそうですが、物価の分からない状態でタクシーに乗るのは危険。
いくらボラれるかわかったものではありません。
それに昔読んだ本ではソ連崩壊後のことですが、空港から市内への幹線道路でタクシーを狙った強盗が多発したとか書いてありました。
今は少なくなったとか・・・どっちにしても危険極まりない。

悪そうな人相をしている人ではなかったのですが、ノーサンキュウと断りました。
断るとその人は残念そうな顔をして去っていきました。
あれれれ?普通のシロタクは断るとどんどん値段を下げたりして、しつこく交渉してくるものですが、意外に淡白なのにビックリしてしまいました。
更にうろうろしていると、バスのマークが描いてある出口を発見しました。
ここから出ればバス停に行けそうだ。
そして何のためらいもなく自動ドアから外に出ました。
が、しかし!出た瞬間、うっ、一瞬にして固まってしまいました。
な、な、なんなんだ、この寒さは!あまりの寒さに、反射的に空港の中に戻ってしまいました。

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私の着ているものは、シャツと厚手のトレーナーの上にモロッコの民族衣装を着ているだけでした。
周りを見てもこんな薄着の人はいません。
あまりにも無防備というか、モスクワをなめ腐っているとしか言いようのない格好です。
これはまいったぞ。
こんなに寒いとは・・・空港内へ引き返し、服屋を探そうかと思い付きましたが、さっき見た感じそんなものはありませんでした。
どうしよう・・・。このまま暖かい空港に籠城するか。
いや、それでは何のためにビザを取得したのか分からないではないか。
きっと町に出てしまえば何とかなるだろう。

ここは日本男児の生き様を・・・なんて思いながら、強行突破することにしました。
よし、行くぞ!再び自動ドアを開けると、またもや凄まじい冷気が襲ってきました。
不意を付かれた先ほどに比べると、心構えができている分少しはましとはいうものの、やはり寒い。
でも、ここで負けてなるものか。背中を丸めて少しでも暖かいようにバス停に向かって歩きました。
幸いな事にバス停は歩いてすぐのところにありました。

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自分の乗りたい路線番号とバス停の番号があっているのを確認して、列の一番後ろに並びました。
それにしても寒い。体の芯から冷えるというのはこういうことを言うのだろうな。
正直、あまりしゃれになっていない。
震えながら列に並んでいると、2つ前に並んでいる背の低いおばさんと目が合いました。
そして私に向かって何か言ってきました。
「○○△△××???」なんだ?ロシア語のなので何を言っているのかさっぱり分かりません。
分からないといったジェスチャーをすると、おばさんは鞄の中から綿で出来たスカーフを取りだし、私の首に巻いてくれました。
これは助かった。きっとあまりの私のみすぼらしい格好を哀れに思ったのでしょう。

笑顔で「サンキュー」とお礼を言ったものの、反応がありません。
英語が全く通じないようです。
それでも私の感謝の意は伝わったようで、おばさんも満足そうに笑っていました。
モロッコの民族衣装を着た変な日本人はモスクワで受け入れられたようです。
案外ロシアはいいところなのかも。
私のロシア人に対するイメージがマイナスからプラスになりました。
しかし気温が氷点下だという事実は変わりませんでした。

~~~ §4、いざモスクワ市内へ ~~~

バスの乗車券
バスの乗車券

少し待つと、バスがやって来ました。
連結で結ばれた2両編成のバスでした。
並んでいた人々は順番に乗っていきました。
モロッコなどのアラブ地域では我先にと乗客が乗り込んでいくので、私も負けてはなるものかと大変でしたが、ここではマナーはいいようです。
私も前の人に続いて乗ったものの、いくら払えばいいのか分かりません。
前の人が払ったのと同じ札を出してみたら、いくらかおつりがきました。
日本円でいくらなのだろう。自分がいくら払っているのか全く想像がつかないというのも結構不安になるものです。

おつりを受け取って中ほどに進んでいきましたが、車内は混んでいました。
更に後ろの車両の方に行ってみましたが、席は満席。
しょうがない。立っていよう。
ふと、先ほどスカーフをくれたおばさんと目が合いました。
ちゃっかりと座っていました。軽く会釈をすると、笑顔が返ってきました。
言葉が通じなくても、意思がちゃんと通じるのは気持ちのいいものです。

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バスが走り出しました。チェーンの音がやかましい。
それと同時に雪道なので、乗り心地が非常に悪く、ちゃんと何かに捕まっていないと危ない。
更に窓の外を見ようにも外気と車内の温度の差がありすぎて完全に曇っていました。
ただ車内は暖かく、今の格好でも寒くないのだけは救いでした。
しばらくすると席が空き、私も座れるようになりました。
せっかくなので 窓の外の景色を見ようと思い曇ったガラスを拭くものの、すぐに曇ってしまう状態。
こりゃ駄目だ。何度か試みた後で諦めました。
なんて寒いところなのだろう。それにしてもこの寒さだけは何とかしなければならない。
バスを降りてからの事を考えると、身震いがしてきました。

しばらくしてバスがある停留所に着くと、みんなぞろぞろと降り始めました。
どうやらここが終点のようです。私もみんなにならい降りました。
しかし降りた瞬間、再び凍えるような寒さが待っていました。
さっきに比べれば首に巻いている分と、体が少し慣れた分ましとはいえ、やはりこの寒さは尋常ではありません。
私の体は寒冷地仕様に出来ていないんだ。
小走りに目の前に見える地下鉄の駅に急いで向かっていると、駅の横の空き地で露店のバザールをやっているのを発見。
これはちょうどいい。何かいいものが安く手に入るかもしれない。
差し迫ってこの寒さをしのぐものが欲しい。まずはバザールを物色する事にしました。

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バザールでは雑貨や衣類などの露店が並んでいました。
体が寒い以上に今は手が冷たくて溜まりません。
このままでは写真を撮る事はおろか、ポケットから手を出すことすらできない。
手袋を探す事にしました。
露店の間をぶらぶらと歩いていると、妙に周りの視線を感じます。
そういえばモロッコの民族衣装を着ていたんだっけな。
モロッコの民族衣装を着た短髪の東洋人はかなり目立っていました。
視線を感じつつ、手袋の売っている店を探しました。
しばらく探していると綺麗なロシア人のお姉さんが切り盛りしている露店がありました。
ここは手袋ばかり並んでいます。値札がついているので買いやすい。
安くて暖かそうな綿の手袋が目に付きました。これがいい。

早速、 鞄からノートとボールペンを出し、凍えそうな手で値札より少し安い値段を書いてお姉さんに渡してみました。
値切れないかなと思ったからです。モロッコでは定価の概念がないので、こういった交渉が当たり前でした。
ここでもと期待したのですが、残念ながら首を横に振られてしまいました。
めげずにもう少し値を上げた数字を書いてみましたがやはり駄目でした。
この国は日本と同じで定価が基本なのだろうか。
それともこの綺麗な人がけちなのだろうか。
値切りの交渉をしつつ、買い物を楽しみたかったのに・・・。
仕方なく値札と同じ金額を払って手袋を手に入れました。

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買った手袋をその場で身に付け、バザールを後にしました。
また一段と暖かくなりました。
なんだかこれって・・・・・ロールプレイングゲームの主人公がどんどんと装備を整えていくような感じかも。
そのうち勇者の鎧とか、太陽の兜なんてものが手に入るのかな?
そんな事を思いつつ地下鉄の駅に入りました。
地下に入ると、かなり暖かく感じました。
動物が土の中で冬眠をするのも分かる気がすると書けばかなり大袈裟ですが、実際この暖かさはかなりうれしく、すぐに顔の痛さが取れていきました。

階段を下りていくと、日本と似たような感じの改札がありました。
が、ここで立ち止まってしまいました。どうやって地下鉄に乗ればいいのだ・・・。
切符を買おうにも書いてある文字は読めないロシア語ばかり。路線図もしかり。
これではさっぱり購入方法が分からないではないか。
日本語の路線図を持ってきたまではよかったのだけど、ちゃんと乗り方まで調べてこなかったのは失敗でした。

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とりあえず人々を観察してみると、乗る人はなんかメダルのようなものを改札機に入れていました。
どうやらそれが日本でいう切符にあたるようだ。
よしっ、あれを手に入れよう。
近くの有人窓口でみんな買っていました。
でもなんて言って買えばいいのだろうか。
路線図を見てもロシア語で書かれた地名を読めるはずがありません。
それに「チケット」という単語で通じるのか?
こうなったらいつもの手だ。地名の連呼作戦。
行きたい場所の名前を言っていれば世界中どこでもどうにかなるものです。

窓口で苦労しながら「クレムリンまでの切符をくれ」と伝え、適当なお金の札を渡しました。
そんな駅名は多分ないと思うけど、駅員なら私の意図する事はわかってくれるはず。
すると、ちゃんと通じたみたいでメダルみたいなものをくれました。
よし成功。さすが俺って賢い。
早速そのメダルを持って改札機へ行き、コイン投入して通過しました。
んんっ?メダルが戻ってこないぞ。
あっ、そうか!よく考えたらこれは一律同じ料金という事ではないか。
さっきの窓口でのやり取りを思い出して、ちょっと恥ずかしくなってしまいました。
でもまあ地下鉄に乗れたからいいことにしよう・・・。

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地下のホームまで長い階段を降りました。なかなかいい運動です。
エスカレーターがあるのが当たり前の生活をしていると、ある意味新鮮な感じを受けました。
ホームに下りると、再び問題発生。
どっちがクレムリンというか、町の中心へ向かっているのか分かりません。
日本でも地下鉄に乗るとたまに間違えてしまいます。
方向感覚が全くつかめないのが地下鉄の欠点です。
それはともかく、私の体内コンパスは今ちょうど入ってきた電車に乗れば町の中心に行けそうだと判断しました。
次の電車まで待たされるかもしれません。
確率は二分の一。
唯一持っている地図で行き先の駅名を確認しつつ、多分これだと私なりに確信し、その電車に乗りました。
しかし三つぐらい駅を過ぎた後、どうも違うような気がしてきました。
どんどん人が降りていき、車内がすいてきたからです。

これは逆ではないか・・・。
終点まで地下鉄の旅っていうのは、あまり時間がない身としては歓迎できない。
ここは誰かに聞くべきだ。
そう思い、隣に立っていたお兄さんに「すみません。クレムリンに行きたいのですが、この電車であっていますか?」と英語で聞いてみましたが、首をかしげるだけでした。
ははは、やっぱり英語は通じないのね。
しょうがないので再び地名の連呼作戦。
「クレムリン」と言い、この電車を指差してみました。
すると笑って首を横に振られてしまいました。
意思が通じたのはうれしいけど、逆に走っているのはよろしくない。
ちょうど駅に着いたので、お兄さんに笑顔で見送られながら反対のホームの電車に乗り換えました。

今度は順調だ。駅に着くたびに路線図で読めない記号のようなロシア語の駅名と駅の案内板を確認しながら降りる駅まで待ちました。
アナウンスなんてないし、あったとしてもロシア語が読めない私には意味のない事です。
そしてやっとお目当ての駅に着きました。
結構降りる人が多いんだな。きっと間違いないぞ。
地上に出たらクレムリンに行き、その後は色々とモスクワの町を歩こう。

改札を出ると商店街になっていました。
地上だと寒いから地下に商店街が発達しているだな。
と勝手に解釈し、人の流れについて階段を上りました。
そして地上に出ると、また体の芯から凍えるような寒さが待っていました。

~~~ §5、クレムリン宮殿 ~~~

ん、あれ、ここはどこだ?
どうやら間違えたらしい・・・。
地下鉄の駅を出たものの、目の前にあるはずのクレムリン宮殿の姿が見当たりません。
迷子になるのは毎度のことだけど、今回に限って言い訳させてもらうならば、地下鉄の駅名などにアルファベット表記がされてないのが悪い。

モスクワのマック
モスクワのマック

間違えてもしょうがないんだと自分が悪くないと正当化してから自分のいる場所の分析にかかりました。
辺りを見渡たすと、どことなく町の中心っぽい感じはします。
そんなに見当違いの場所ではなさそうだ。
それに目の前にはマックがあるし・・・マック!?
これが有名なモスクワのマックか。
モスクワにマックが出来た事は以前日本でトップニュースになっていました。
東西冷戦が終わり、モスクワにアメリカの象徴マクドナルドが営業する日の到来ってな感じだったけな?
あれはいつの事だったかな・・・そんなに昔ではなかったような・・・。
その時のテレビの画面ではもの凄い行列が出来ていたのがとても印象的でしたが、今日はそうでもないようです。

並木道
並木道

なんだかちょっと期待外れだな。
もうロシア人はこれは不味いと飽きてしまったのだろうか?
それとも対米感情の悪化?冷戦勃発?などと想像を働かせつつ、モスクワ市内に来て最初の写真を撮りました。
何で最初の写真がマックなんだ。もっと違うものを・・・そうだ降りる駅を間違えたからなんだ。
持ってきたガイドブックの地図のコピーでマックを探すと、現在地がクレムリンからそんなに離れていない事がわかりました。
どうやら一つ手前の駅で降りてしまったようです。
一駅の間違いならまあいいか。
いい散歩になるし歩いて行こう。
カメラを鞄から出したついでにマックの前の通りが綺麗な並木道になっていたので、これこそモスクワだと二枚目の写真を撮り、町の中心に向かって歩き出し始めました。

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クレムリンに向かって歩き始めました。
当然の事ですが、路面は凍っていて歩きにくい状態でした。
でも、なめくさった格好の衣服に対して足元だけは万全。
靴はトレッキングシューズを履いているので、普通に人の流れと一緒に歩けました。
歩いている人を観察すると、男の人はみんな頭にコサック帽をかぶり、女の人はスカーフ、子供達はジャンパーのフードを頭にかぶっていました。
モスクワ流のファッションなんだな。絵に描いたようなモスクワの風景だ。

モスクワを歩いているんだ。なんか凄いぞと最初は感激していたのですが、そんな余裕があったのは10分ぐらいまで。
今度は顔や耳が冷たくてどうしようもなくなってきました。
とりわけ耳が痛い。あの帽子やスカーフは耳を凍えさせない為なんだ。
おしゃれというよりも生活の知恵なんだ。
この冷たさから逃れるには、あの帽子が必要だ。
しかし、どこで買えばいいのだろう。
辺りを見渡してもよくわかりません。そのうち帽子屋さんがあるかもしれない。
とりあえずは手袋で耳を押さえながらクレムリンへ向かって歩くことにしました。
本当に次から次へと問題が起こってきます。

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遠くから見たクレムリン宮殿
クレムリン宮殿前の広場
(上)遠くから見たクレムリン宮殿
(下)クレムリン宮殿前の広場

しばらく歩くと、かの有名なクレムリンが見えてきました。
あれがクレムリンか。なんだかおもちゃの宮殿っぽいぞ。
テレビで見たのと一緒というか、現物はなんか安っぽく見えました。
道を渡り、クレムリンの近くまで行くと、宮殿の前は広場になっていました。
入場口近くまで行くと、2人組みのロシア人の青年が声をかけてきました。
しかしロシア語なのでわかりません。

わからないといったジェスチャーをすると、「ハロー」と声をかけ直してきました。
どうやら英語が通じるようです。
しかもよく見ると、彼らは手にコサック帽を大量に持っているではないか・・・。
もしかしたら物売りか。
想像通り「どこから来たの?この帽子はどお?」と言ってきました。
これは喉から手が出るほど欲しい。いや何としても必要だ。
しかし、あまり欲しそうな顔をすると値が上がりそうです。
ちょっと話を別の方向へ逸らしてみる事にしました。

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「私は日本人の学生です。あなた方は?」と聞いてみると、
「私達はモスクワ大学の学生です。この帽子を30ドルでどお?」と言ってきました。
悪そうには見えませんが、怪しい。
どこの国でも自称大学生だと言って声をかけてくる輩が多いものです。
ではこういう質問はどうだろう。
「何を専行しているのですか?今日は学校は?」と鋭い?質問をしてみました。
すると今度は、「経済を専攻しています。今日の授業は午後からなので、今はアルバイトをしています。少しでも外貨を得て学費の足しにしたいから帽子を売っているのです。」と言ってきました。

う~、これは文句のつけようのない素晴らしい返答。
これでは返す言葉がありません。
それに悪そうな雰囲気を彼らは持っていませんでした。
この値段は妥当なところなのか。でも値切ってみよう。
「20ドルだったら買うよ」と言ってみましたが、「それは出来ない」との事。
何度か値段の掛け合いをした後、25ドルで交渉成立となりました。
ぼられているのかもしれないけど、まあ本当に彼らの学費になるのだったらいいか。
それにこの耳の痛さから開放されるなら、正直少々高かろうが構わないと思ってしまいました。

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クレムリン宮殿の入り口
クレムリン宮殿の入り口

この学生達にクレムリンの切符の買い方を聞いて別れました。
そしてチケット売り場の窓口に行き、列に並びました。
開いている窓口が一つしかないので長い行列になっていました。
なんだかなといった感じです。
私の3人前に並んでいる人は身長が2mぐらいありそうな大男で、ガイドの人と奥さんらしき人を連れていました。
しかも中央アジアのだろう民族衣装を着ているので私よりも目立ちます。
切符を買うときに財布の中が見えたのですが、相当金持ちらしく札がびっしり入っていました。
どこかの酋長さんなのだろうか。
なんかと想像をかき立てられるような人でした。

その後、私の番がまわってきました。
全体の入場券とは別に個別に建物に入りたければその分を上乗せしてチケットを買わなければなりません。
クレムリンといっても何も知らないので、とりあえず入場券だけを買って入ることにしました。
さっきの学生達が言うには、後で入りたければ、そこでお金を払っても中に入れるとの事。
だったら中に入ってから決めたほうがいいや。多少割高になるとしても。

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入場券を購入して中に入ると、すぐに警備の兵隊に「鞄の中を見せてください」と言われ、荷物検査をされました。
大した物は持っていないのですぐにセキュリティーチェックをパスして歩き出しました。
先ほど買った帽子のおかげで耳の痛さはなくなりました。
でも今度は鼻が痛い。手袋で顔を覆いながら歩きました。
しばらく歩くと先ほどの民族衣装を着た大男が前を歩いていました。
それにしても彼は目立つ。後ろで観察していると、ほとんどのロシア人が振り向いていました。
ふとビザを取るときに「クレムリンは神聖な場所だ。ムスリムが行くと問題になる。」と、係りの人に言われたのを思い出しました。

そういえばこの格好で来たらやばかったんだっけ。
寒すぎてすっかり忘れていた・・・。
いきなり後ろから銃で撃たれるなんてことになったら最悪だ。
思わず背筋に悪寒が走り、後ろを振り返ってしまいましたが、もちろん誰も銃口を向けてはいませんでした。
少なくとも撃たれるなら前を歩いている大男のほうが先だろう。
そう考えるとあまり気にならなくなりました。

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いわくありそうな鐘
いわくありそうな鐘

中を歩いてみたものの、さっぱり分かりません。
だいたいチケットにしても案内板にしても英語で書いてくれなければわかりません。
といっても英語で書かれていても私の英語力ではわからないような気もしますが・・・。
やはり何かガイドブックを持ってくるべきだったかなと少し後悔しました。
ここにはいわくのありそうな大砲や大きな鐘が置いてあったり、教会らしい十字架のついた建物が多くありました。
ここはもしかしたら・・・なんとなく私は理解しました。
ここは教会なんだ。クレムリンとは教会の集まりなんだ。
今までは宮殿のイメージしかなかったので、この発見には驚きました。

それと同時にあまり面白味がなくなっしまいました。あまり他人の墓には興味がわいてきません。
何よりも勉強不足で葬られている人が知らない人ばかりです。
結局、一回りしたらそのまま外に出ました。
こんな簡単に観光を終わらせていいのだろうか。
ちょっと後ろ髪を引かれる感じがしましたが、ちゃんと後悔できるほどの博識になったなら、その時にまた来ればいい。
それよりも今は鼻が痛い。ツーンとした感触で涙が出てきそうでした。

大砲
大砲
内部の教会
内部の教会

~~~ §6、モスクワのイメージ ~~~

モスクワの鳩と少年1
モスクワの鳩と少年2
モスクワの鳩と少年

外に出ると、先ほど帽子を売っていた大学生はいませんでした。
授業に行ったのだろうか?
まあいいや。それよりも鼻が痛い。
そろそろ鼻の痛さが限界に達してきました。
クレムリンのすぐ隣は赤の広場でしたが、今は鼻が痛くて行ける状態ではありません。
後回しだ。
それよりも自分の体の方が大事です。
ひとまずどこか建物に入ろう。
トイレにも行きたいし・・・。

ふと見ると、この寒さの中、子供達が鳩と遊んでいました。
鳩って寒いのは大丈夫なのだろうか。
モロッコにも鳩は沢山いたな・・・。
なんか暖かい場所にいるイメージしかなかったので、ビックリしました。
もしかしたら寒冷地専用の鳩なのかな。
この寒さの中で平気で暮らすロシア人のように・・・。

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寒そうな馬の像
寒そうな馬の像

ちょっと歩くと先ほどの雪をかぶった馬の像が相変わらず寒そうにしていました。
それを眺めながら歩いていると、女の子の集団に声を掛けられました。
高校生ぐらいだろうか。もしかして私ってロシアではもてるのか?
勘違い気味に立ち止まると、「こんにちは、何人ですか?(Hello Where are you from?)」と聞いてきました。
どうやら日本人に見えないらしい。しかも非常にぎこちない英語です。
「私は日本人です。あなた方は?」と、答えるだけではなく尋ね返してみると、「きゃー」と言って逃げていきました。

なんだぁ?唖然としながらも立ち止まっていても寒いだけ。
早いところ建物に入りたい。しかし歩き出すと再び数人が恐る恐る寄って来ました。
そして今度は「いくつ?」「名前は?」と聞いてきました。
普通に答えても面白くありません。「何才に見える?」と、逆に問い掛けてみたのですが、再び「ワァ~」と言って逃げていきました。

な、なんなんだこいつらは?そしてまた歩き出すと、再び寄って来ました。
嫌がらせなのか?そうは見えないけど、さすがにうっとおしく感じるようになりました。
今度は「どこへ行くの?」と聞いてきたので、「トイレ」と言ったら「きゃー」と言って、さすがに今度は誰もついてきませんでした。
どうやら一応話している内容は理解しているようだけど・・・一体なんだったんだ。
ロシアの文化なのだろうか?それとも覚えたての英語を試してみたかったのだろうか。
そうだとしたら意外に日本人みたいにシャイな一面があるのかもしれなと、微笑ましく思えました。

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ショッピングセンター
ショッピングセンター

近くのショッピングセンターに入りました。
店内は十二月ともあってクリスマスの飾り付けがしてありました。
これは万国共通のようだな。というより、ここが本場になるのかな。
サンタの国フィンランドに近いし。
当然ながら中は暖房が効いていて暖かく、しばらくぶらぶらしていると鼻の痛さが取れ、顔に血色が戻ってきました。
そういえばお腹も空いてきたな。何か食べよう。
ところでロシア料理ってなんだ?
せっかくロシアに来たのだからと思い考えるものの、さっぱり思い付きません。
ロシア料理って普段まるで意識することがなかったな。

やむなく近くにあったピザ屋でピザとピロシキを頼みました。
ロシア人に交じり食事をしていると、なんとなく視線が気になります。
そうだ。モロッコの民族衣装を着ていたんだっけ・・・。すっかり忘れていた。
モロッコでもずっとこの格好で歩いていたので、この衣装でいる事に慣れてしまい、私の中でこの変わった格好をしていることが気にならなくなってしまっているようです。
だからさっきの女の子たちも恐る恐る声をかけてきたのかな。

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食事が終わると力が出てきました。鼻の痛いのも直ったようだし。
よしっ、赤の広場に戻るか。
そう思ったものの、今度はマフラーが欲しくなりました。
最初にもらったスカーフだけでは首がまだ寒いし、マフラーならマスク代わりに口や鼻の辺りに巻く事もできます。
ショッピングセンターに入ったついでにマフラーを探し始めました。
それにしてもロシアでは物がないとテレビでは報道されましたが、ここではあふれかえっています。
日本と変わらないではないか。
人々も穏やかだし、一体日本で植え付けられたイメージは何だったんだろう。
それともこのショッピングセンター内は一部の特権階級の人間によって作られた世界なのだろうか。
ロシアに滞在すればするほど、なんだかこんがらがってきます。

どうせお金も余っているし、おしゃれな店で日本でも使えそうなマフラーを買いました。
これで準備万端。第2回戦の始まりだ。赤の広場に向かって歩き出しました。
外は相変わらず寒い。
こんな寒いところによく住めるなと思うのですが、慣れというのは怖いもので、耳当てをせずに歩いている人が多く、私ほど薄着の人もいませんが、極端に着こんでいる人もいません。
東京の冬の街並みとさほど変わらない感じがします。
これが普通だと思えば何てことないんだろうか。
人間って慣れればどんな環境でも過ごせてしまえるものなんだなと改めて思いました。

~~~ §7、赤の広場 ~~~

赤の広場への入り口
赤の広場への入り口

お城のようななんだか奇妙な形の門をくぐると、そこはかの有名な赤の広場でした。
なかなか広い。正面にはテレビでよく映るおなじみの建物が見えます。
地図を出してみるとスターリン廟と書いてありました。
なんだスターリンの廟だったのか。
モスクワらしいシュークリームのお化けだと小さい頃から思い続けていたのが、一つ勉強になりました。
右側はひたすらクレムリン宮殿の壁が続いています。
その壁の中央には演説台がありました。
この台に歴代の書記長が立って演説していたのでしょう。
そういった光景をテレビで見たような気がします。

ロシア人にとってはとても感慨深いものがあるみたいで、見ていると観光客は必ずここで写真を撮っていました。
じゃ私もっと写真を撮っていると、二人組みのロシア人らしき男性が私に近づいてきて、何か言いながらカメラを渡してきました。
えっ、私にくれるの?・・・てなわけないか。写真を撮ってくれということだろう。
しかし、よくこんな変な格好の人間に頼むもんだとびっくりしてしまった。
ロシア人に頼むよりも異国の観光客に頼むほうが安心なのだろうか?
それが得体の知れない格好をしていても・・・。
日本だったらこんな得体の知れない格好をしていたら誰も声をかけてくれないだろうに。
いや、もしかしたら誰とでも仲良くできるような友愛の国なのか・・・。
多民族国家だし。う~ん、よくわからん。
写真を撮り終わると当たり前のようにロシア語でお礼を言われ、いい事をしたという程のことでもないのだけど、なんだか複雑な気分になってしまいました。

赤の広場全景
赤の広場全景
演説台
演説台
何かの集会
何かの集会

演説台からスターリン廟のほうへ歩いていきました。
途中物売りが数人いました。
相手をするつもりはないので、その横を通り過ぎようとすると、私が買ったのと似たような帽子を持っているのに気がつきました。
あの大学生はいいやつだったのだろうか。
ぼられていたらショックだな。
ふつふつと疑問がわいてきて、思わずいくらかと聞いてしまいました。
すると、返ってきた答えは「50ドル」。
お~よかった。あの大学生は悪いやつではなかったようで安心しました。

更に歩くと、左の方では結構人が集まっています。なんだろう。実演販売でもやっているのかな。
近づいてみると、何かおっさんが声を張り上げて演説をしていました。
なんの演説をしているのだろうか?
ちょっと耳を傾けるものの、ロシア語が分からないのでさっぱり見当がつきません。
政治的なことなんだろうか。それとも宗教的なものなのだろうか。
それにしてもこんな赤の広場で演説するなんて・・・・・ロシアでも言論の自由が公になっているということなのかな。
ちょっと意外な感じがしましたが、どことなくKGBなどの秘密警察がチェックを入れていそうな不安もぬぐいきれないので、かかわらないように立ち去りました。
ソ連崩壊後についての政治書を読みすぎて変な知識が頭にこびりついている私でした。

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スターリン廟1
スターリン廟2
スターリン廟
スターリン廟3
スターリン廟内部

スターリン廟に近づくとシュークリームのお化けみたいなものの上に十字架が立っているのに気が付きました。
それも全てクレムリンの方を向いています。
これは新たな発見でした。
建物の前まで行くと、観光客がぞろぞろと中から出てきました。
中に入れるのか。せっかくだから入ってみるか。
少なくともスターリンは知っているし。
そして中に入ろうとすると、係りの人らしき人に手招きをされました。
どうやらお金が要るらしい。

教えられたチケット売り場でチケットを購入して中に入りました。
ここでも兵隊さんに鞄の中を開けられました。
必要以上にテロを警戒している感じがします。
それだけ政治的にロシアが追い詰められているのも事実ですし、ソ連崩壊後も各地で民族問題が勃発しているのも事実です。
やっぱりこんな格好で来るのはよくなかったかな。
ビザを発給してもらう時のおっさんの言葉を思い出しました。
ちょっとロシア人に対して挑戦的な服装だったかも。
でもいざとなると日本国籍のパスポートを出せば万事解決だ。
しかし考えようによると、私の格好はテロを起こす側に近い。
私がテロリストに狙われる事はまずないはず。
う~ん、なんだかコウモリみたいだな。

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セキュリティーチェックを済ませた後、内部の見学を始めました。
部屋はえらく豪勢に作られているのですが、階段や通路は普通の家みたいでした。
こういうのがロシア的なのだろうか。
しかし全てが豪勢に作られているのならまだしも、なんだか違和感を感じてしまいます。
もしかして建築費をけっちったのだろうか?お金がない国だからな。
それともスターリンの生前の家に模して作ったのだろうか。
変に色々と想像力をかき立てられてしまいました。
それにしてもスターリンとはどんな人なのだろう。
名前はよく聞きますが、実際のところ大してイメージがわいてきません。
唯一知っているのが、第2次世界大戦の時の書記長だった事ぐらい。

そういえばソ連が崩壊した時に倒された像がスターリンだったけな・・・?いやレーニンだったかも。
あまり興味を持ってソ連の歴史を調べた事がないので、全てが曖昧です。
社会主義の国ソ連。私が高校の時ソビエト連邦が崩壊しました。
それまでは赤の帝国。社会主義の国。冷徹の国。
その他悪いイメージしか持ち合わせていませんでした。
ソ連なんて一生行くこともないだろう。いや行きたいとも思っていませんでした。
そんな国に今来ているんだ。そしてそのようなソ連を作った人がここに眠っているだ。
そんな事を考えていると、よく分からないなりにもとても感慨深く思えてきました。

~~~ §8、灰色の空 ~~~

スターリン廟4
スターリン廟の前で

スターリン廟を後にすると特にすることがなくなりました。
そういえば自分が写っている写真がないな。
遙々こんな寒いロシアまで来たんだ。
一枚ぐらいは証拠写真を撮っておかなければ。
近くにいたおじさんに頼んで写真を撮ってもらいました。
言葉が通じないのでジェスチャーで頼みましたが、頭にはロシアのコサック帽、服はモロッコの民族衣装、最新のマフラーにアメリカ製の靴、そして背景にはスターリン廟。
なんてアンバランスな組み合わせなのでしょう。
写真を撮ってくれたおじさんも変な顔をしていました。

とりあえずこれでどうしても行きたかったクレムリンや赤の広場への訪問は達成したな。
この後の予定は市内の有名な歴史建造物や美術館を見て周るつもりにしていましたが、この寒さで行動力が失われ、更には訪れてもロシア語表記ばかりといった観光事情も加わり、施設の観光への情熱はなくなっていました。
少し散歩してみよう。寒くなったら建物に入ればいいし。
と言うことで市内のほうに向かって歩き始めました。

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少し歩くとまたマックがありました。どうやら2つあるようだ。
どっちが1号店か分からないけど、店内をのぞくと結構客が入っていました。
探せば3号店も、あるいはそれ以上あるのかもしれません。
だんだんとこの国もアメリカ文化に蝕まれていくのかな。
昔は反米チームの代表だったのに・・・。そう考えるとちょっと情けない。

モスクワの町で1
モスクワの町で2
モスクワの町で

歩けば歩くほど寒い。
体の感覚が寒さにどんどん蝕まれていく感じがします。
しだいに顔の感覚がなくなってきました。
これはたまらない。
何か温かいものでも食べたいなと探していると、露店でホットドッグを売っていました。
うまそうだ。よくよく考えると、これもアメリカを代表する食べ物ではないか。
それがこんな街中で売っているのも驚くべき事です。
冷戦時代はもう終わったんだと改めて感じました。

一つ買おうと注文しようとしたら、ジャリなんて音がして、うまく口が開きませんでした。
この寒さの中、筋肉までが凍ってしまった感じでした。
こんなところは住むもんじゃない。
ロボットのようにぎこちなく注文しながら、2度と冬に来たくないなと改めて思いました。

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顔が痛くなるとショッピングセンターや地下の商店街に入り、回復すると再び歩くことを繰り返しました。
あるデパートに入ると、木彫りの置物の物産展みたいなものをやっていました。
紹介の看板から推測すると、地方の少数民族っぽい人々が作ったものらしい。
これはいいお土産になると3つばかり買いました。計算してみると、日本円にして1000円もしませんでした。こういうものはロシアでは安いようです。
そうこうしていると、時間は3時をまわっていました。
辺りも少し暗くなってきました。

そろそろ空港に戻ったほうがいいな。
飛行機の出発時間は7時だけど勝手のわからない国なので、早く行くのに越したことはありません。
ここで乗り遅れでもしたら荷物だけ日本に戻ってしまうことになってしまいます。
それに暗くなったらそれこそマフィアが登場してくるかもしれません。
空港までのバスが途中でバスジャックに遭うかも。
最悪の事態だけは避けなければと、未だにロシアに対する不信感が拭いきれていない私でした。

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という事で、地下鉄の駅に向かいました。
さっきまではあちこちで見かけたような気がするのだが・・・、いざ乗ろうとすると見つからないという不思議。
地図で確認しながら歩いて・・・おかしい!?
どうやら迷子になってしまったようだ。
色々と歩いてみるものの、町中はロシア語ばかりなので方向が分からない。
しばらく迷いながら歩いていると、再び赤の広場に戻ってしまいました。
時計を見ると3時40分。辺りはかなり暗くなっていました。

なんて昼間の時間が短いんだろう。これもモスクワに来て驚いた事の一つでした。
太陽の光が当たらない街モスクワ。そして、灰色の空を持つモスクワ。雪が積もり銀世界のモスクワ。
ロシア人の肌が色が白いのもうなづけます。
この街のイメージは白黒の世界だ。
そう思いながらクレムリン前の駅から地下鉄に乗り、バスを乗り継いで空港へ向かいました。

~~~ §9、再び空港で ~~~

夜の空港
夜の空港

空港前のバス停に到着すると、辺りは完全に真っ暗になり、雪も降り始めていました。
朝スカーフをもらった場所だ。
ちょっと懐かしい気がしましたが、感慨にふけっている場合ではありません。
日が落ちて一段と寒く感じます。
急ぎ足で空港に入りました。
そして財布を開いてみると、結構お金が残っています。
普通で考えれば一日で1万円も使わないよな。
でも色々と防寒具を買うのにお金を使ったし、お金の心配をせずに観光や買い物ができた事を考えると、失敗ではなかったはず。
空港の免税店でロシアのお金が使えるかどうか分からないので、高いと分かっていても空港ビルの土産物屋で残ったお金を使うことにしました。

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空港内にある土産物屋は人のよさそうなおばさんが店番をしていました。
挨拶をすると、こんな変わった格好の人もめずらしいのか、はたまた暇なのか話し掛けてきました。
「どこから来たの?」「日本からです。」「はあ、やっぱり。そう思ったのよ。」と返ってきました。
しばらく雑談が続き、「ロシアらしいお土産は何でしょうか?」と聞くと、ショウケースを指差し「このロシア人形だよ。」と教えてくれました。
だんだん小さくなっていくやつです。
人形の顔も伝統的なものから、話題の人まで様々。
個数も様々で大きいやつは30個で1セットとかなり大掛かりでした。
しかしそういったものは恐ろしく値段が高い。

お土産の人形
お土産の人形

私は持ち金で買える5個で1セットになっている歴代の書記長の人形を買いました。
おばさんが言うにはこれが一番人気があるとの事ですが、空港内の店で観光客価格のせいか意外に高い買い物でした。
そしてまだいくらかあまっていたので、店員のおばさんにこれで買えるいいものはないかと聞くと、小さい人形のキーホルダーを二つ出してくれました。
清算をしながらおばさんに今日の気温を聞いてみると、「今日は昼間は-10℃ぐらいかな。朝と夜は-15℃ぐらいだよ。」と教えてくれました。
どおりで寒いわけだ。普段そんな気温体験しないもんな。

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「ありがとう。さよなら。」とおばさんに言って店を出ました。
ルピーも使い果たしたし、これで私のロシア旅行も終わりです。
1日しかいなかったけど、なんか色んな事があってなかなか楽しかったな。
それにしても自分の今まで持っていたロシアのイメージとはぜんぜん違ったのには驚きました。
テレビとかでは断片的な場面しか映さないので、偏見を生みやすいものです。
「百聞は一見にしかず」確かにそうだ。
ロシアの素顔を自分の目で見る事が出来たのはとてもいい勉強になったと感じました。

入国審査に向かいましたが、まだ出発時間まで少し時間があったので、ゲートは閉まっていました。
近くの椅子に腰掛けていると、目の前を日本人が通り過ぎました。
背が低く、体格のいい長髪のおじさんでした。
しかもロシア人の連れ人がいます。
空手か柔道の師範だろうか?
鞄を持っているのはその師範とおぼしき人だけで、連れの人は手ぶらです。
連れは見送りに来たのだけなのだろうか。ちょっと興味を惹かれました。

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しばらく椅子に座って一日の体験を回想しているとゲートが開きました。
ここにいても暇だ。出国審査に向かいました。
出国審査では入国の時に切り離されたビザの半券とパスポートを提出すると、無事に出国スタンプが押されました。
入国時と同じでイミグレの作業は形式といった感じでした。
おまけに係りの人のやる気も感じられません。
お役所的に書類さえ揃っていればいいといった感じなのでしょう。
さらばモスクワ、もう一度来ることがあるのだろうか?
いや、多分ないだろうな。なんとなくだけどそんな気がしました。

~~~ §10、旅の締めくくり ~~~

モスクワのマイルドセブン
モスクワの
マイルドセブン

免税店に寄り、バイト先や友人達のお土産を買ったりしました。
とりわけスターリン廟のプリントがされているマイルドセブンはお土産に最適です。
このマイルドセブンは世界中の免税店で現地の写真が入った物を売っているので、友人に配るのも自分で収集するのも旅情緒あふれていて好きです。
なかなか気が利いたアイデアだと思います。
その後、たまには自分の香水でも買おうかと香水のショウケースの前に行きました。

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綺麗なロシア人のお姉さんが担当で、「何かお探しですか?」とお決まりの言葉を掛けてきました。
「香水を探しています。」と言うと、「奥さんにですか」と聞いてきました。
「違う」と言うと、今度は「婚約者にですか?」と聞いてきました。
展開から考えると、次は「ガールフレンドですか?」とか、「妹ですか?」と聞かれそうなので、先に「自分のを捜している。」と正直に言いました。
すると、「これなんかどうですか。今小ビンが付いていてお徳ですよ。」と言って商品を取り出しました。
はっきり言って香水の事はよく分かりません。

自分の知っている名前の「カルバン・クラインはありますか?」と聞くと、商品をすぐに出してくれました。
しかし、間一髪いれずに、先に出した商品の説明が始まりました。
値段はカルバン・クラインよりも安い事を考えると、どうしてもこれを買って欲しい事情があるに違いありません。
そして10分後、どっちつかずの私はまあいいかとその香水を買っていました。
ロシアの綺麗なお姉さんの売り子はとても頑固だ。というよりも苦手です。

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免税店を出て、飛行機の搭乗ゲートの前に行くと、さっきの師範らしき人が椅子に座っていました。
一体何をやっている人だろう?しばらく日本語をしゃべっていないし、搭乗時間まで暇です。
何よりも話し相手が欲しかったので、隣に座り話し掛けてみました。
「こんにちは。観光ですか?」と聞くと、「あ、どうも、こんにちは。日本人の方でしたか」と返ってきました。
今回の旅行では何回この言葉を聞いたことやら。
モロッコの民族衣装を着ていると日本人から見ても東洋人には見えるけど日本人には見えないらしい。
色々と話を聞くと、このおじさんは日本料理を教えに来ていたそうです。
それにしても体格がいい。

冗談で「最初見かけたとき空手の師範かと思いました。」と言うと、笑いながら「空手もやっていました。」と言い、続けて「面白いことに、こっちの人は日本人はみんな空手をやっているように思っているんですよ。ロシアのマフィアも日本人の空手に一目置いているんですよ。」と教えてくれました。
やっぱり空手をやっていたんだ。我が目に狂いなし。
旅行を通じて私も人を見る目ができてきたのかな。

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疑問は晴れたものの、どうもロシアと日本料理ってなんかイメージが重ならない。
どうなんだろう。疑問に思うことは聞いてみるべし。
「ロシア人に日本食はうけるのですか?」と聞くと、「今はまだ日本食が高級料理だから上流階級の人しか来ません。後は日本人の駐在員や外交官、その他の国の外国人が主な客層です。」との事。
でも日本料理店自体少ないので結構繁盛しているらしく、今回は日本から調理の指導ができる専門のコックを送ってくれと頼まれて、このおじさんが来たそうです。

指導員か。「ロシア人って働きますか?」と聞いてみたところ、「ぜんぜん彼らにはやる気が見られない。サボることしか考えていないから大変です。」と少し憤然として言っていました。
「私も中華料理屋で4年、パン屋で少しバイトしていたので料理は得意だ。」などと言うと、もし興味があったら電話して下さい名刺を渡されました。
人手が足りないらしい。
海外での勤務も悪くはないけど、正直言ってこんな寒いとこでは働きたくない。
一応名刺を受け取ったものの、いい返事はできそうにないかな。

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その後、おじさんはちょっと失礼と言って、免税店の方に向かいました。
何か買い忘れがあったみたいです。
おじさんが去った後、今度は日本人のツアーの団体がやってきて、すぐ横の椅子に座りました。
客層は年配の人ばかり。おじいちゃんおばあちゃんの集団でした。
会話などの雰囲気から察するに、これからモスクワ経由でどこかへ行くようです。
どこへ行くのだろう。
年寄りの集団なので、冥土の土産に・・・って言ちゃ悪いけどイギリスとかイタリアにでも記念に行くのかな。
ヨーロッパ行きの安いツアーはロシア経由が多いしな。
なんか今日は話しかけると気分がいいし、聞いてみるか。
すぐ隣に座ったおばあちゃんに話し掛けてみました。

「こんにちは、これからどこへ行くのですか?」 すると思いもよらない返事が返ってきました。
「あっ、こんにちは、今からトルコに行くのですよ。」とのこと。
な、なんて元気な老人たちだ。イスラム教の国トルコか。
よほど楽しみにしていたのだろうか、話す顔が生き生きとしています。
「トルコとはいいですね。」と私が言うと、「いや~この年になると色々見て歩きたくてね。」との事。
というより、この年でトルコに行こうとすること自体賞賛に値します。
年をとると腰が重くなって先進国の旅やリゾート地が中心になるものです。

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私がトルコに行った事があり、それなりに詳しいと話すと、「トルコは治安はまずまずいいみたいだけど、バスが怖いらしいですね。
そんなに頻繁に事故があるのですか?」と尋ねてきました。
感心な事によく調べているようです。「トルコのバスはよく飛ばすので時々事故があって、ひどい時にはバス同士でぶつかって大惨事になっています」と正直に言いました。
実際にトルコで新聞やテレビを見ると、そういった悲惨な映像がよく流れています。
ちょっと言いすぎかな。

「でもそれは一般のバスのことで、ツアーの専用バスは比較的安全なはずです。」と付け加えておきました。
その時添乗員の人が集合をかけたので、「良い旅行を」とおばあさんに言い別れました。
それにしても見た目は老人の集団ですが、潜在するパワーは高校生の修学旅行に匹敵していました。
「旅は若返る泉だ。」とアンデルセンが言っていましたが、まさにそんな感じがしました。

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しばらくすると、さっきのおじさんが戻ってきました。
顔は満面の笑みを浮かべています。
私が話しかける前に、「上質のキャビアが安く手に入りました。」と言ってきました。
よほどうれしかったようです。さすがは料理人。
「そんなにいいものなんですか」と聞くと、「これが日本だったらいくらするのですが、こっちだといくらでした。」と説明してくれましたが、実際私にはよく分かりません。
「ほーそれは良い買い物ができましたね。さすがは料理人ですね。」と相槌を打っておきました。

やっと搭乗時間がやってきました。
仲良くなったおじさんはビジネスクラスなので、ここでお別れ。
別れを言って、飛行機に乗り込みました。今回の旅行もこれで終わりだ。
座席に付いて一息つくと、色々な思い出が頭をよぎってきました。
感慨にふけっていると、滑走路に飛行機が移動し始めました。
窓の外は真っ暗。窓には自分の顔が映っていました。
色々うまくいかなくて衝動的に日本を飛び出てしまいましたが、少しはましになっただろうか?
もう一度窓に映った自分の顔を見ました。そこには出発前よりも引き締まった顔をしている自分がいました。

~~~ §11、エピローグ ~~~

飛行機の座席
飛行機の座席(行き)

飛行機は無事に成田に到着しました。機内は一人で座席4つを独占できるほどガラガラでした。
おかげでフライト中は寝台として使う事ができ、ファーストクラスに負けないぐらい快適な空の旅でした。
飛行機を降りると、入国審査を受け、税関に向かいました。
別に大した物は持っていない。
普通に通過しようとすると止められました。
「変わった服を着ていますね。どこの服ですか?」と、3人の職員の人に囲まれてしまいました。
「モロッコの民族衣装です。」と答えると、「変わったポケットですね。」と、言いながら中に手を突っ込んできました。
やはり怪しかったみたいだ。まあ自分でも怪しく見えるからしょうがないとしても、ちょっとやり方が陰険ではないか。
いかにも日本人らしい気がしました。
でも、それで安心したのか、いつも通り荷物は調べられずに無事に税関を通過できました。

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日本か。懐かしいけど、到着ロビーに出ても誰も迎えに来ていないと寂しいものです。
さてどうするか。ようやくバックパックが手元に戻ってきたからモロッコの民族衣装から普通の服に着替えることもできるのだが・・・、やっぱりここまで来たなら最後までこのままの格好で貫くか。
モスクワでのことやさっきの税関でのことがあったので、ちょっと意固地になっている部分もありました。
少し周りの視線を感じつつモロッコの民族衣装のまま駅に向かいました。

京成線に乗り、上野まで行き、そこから銀座線に乗り換えました。
東京の中心を走る銀座線の車内はスーツを着たサラリーマンばかりでした。
乗っていると、ゴーという列車の走る音が響くだけで、車内には不気味な沈黙が漂っていました。
なんか息苦しいというか、重々しいような沈黙です。
それに誰も民族衣装を着た私と目をあわそうともしません。
触らぬ神にたたりなし。
いやこんな変な人間に構っているほどみんな暇ではないのが実際のところでしょう。
途中で乗り換えるときも、エスカレーターでは気持ち悪いぐらい人間が整列して流れていました。
これではまるでベルトコンベアーに流れる機械の部品のようではないか。
みんな地味な色のスーツを着ているし。
モロッコのカラフルでごちゃごちゃした雰囲気に幾分慣れてしまったせいか、懐かしいよりも日本はこんなに味気ない国だったけ?人間らしさとはなんだろうか?などと、ふと疑問に感じてしまいました。

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学校で
学校で

家に帰る前に通り道なので大学に寄ってみました。
友人に帰国の時には寄れたらそのまま寄ると約束していたからです。
民族衣装を着て学校に入ると、さすがに目立ちました。
でも実際のところ袈裟を着た人や実験用の白衣を着た人、落語や茶道の活動で着物を着た人、運動のユニフォームを着た人も多いので、街中に比べると視線はあっさりとしたものです。
友人や後輩たちがたむろっている場所に行くと、みんな私の変貌振りには驚いていました。
まさかこんな格好で来るとは思っていなかったようです。

とりわけモスクワで購入した帽子が好評でした。
みんな「すげー」と言いながらかぶっていましたが、みんなの似合っていない事。
日本人にはコッサク帽は似合わないようです。
裏門の前には演劇部のたて看板が置いてありました。
「ジプシー。切り株の上の物語」とそこには書かれ、横にはスナフキンの姿が描かれていました。
私と似たような格好です。何となくその前で写真を撮ってもらいました。
傍から見たら舞台が終わり記念撮影をしているように見えたと思います。
実際、私もそんな気分でした。私のとっての舞台は海外旅行。
多分これが学生時代最後の海外一人旅です。
学生生活にしても残りわずかで緞帳が下ろされます。そう考えると少し悲しくなってきました。

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帰国して3日も経つと、日本ほど良い国はないと体が日本の生活に慣れてしまいました。
そんな時ふと新聞の片隅の小さな記事に目が釘付けになりました。
「トルコで日本人ツアー客を乗せたバスが事故、一人死亡、二人重症」ってまさか、あの空港で会ったおばあちゃん達では・・・。
あんなに目を輝かせていたおばあちゃん達が事故に巻き込まれたのではと気になってしょうがありません。
しかしどこのツアーだったか聞いていないので、確かめようがありません。
バス事故が多い話をした事が悔しい。
あの時話しかけなければこんな不安な生活を送ることもなかっただろうに。
ちょっと暗い気持ちになってしまいました。
旅はトラブルがつき物。一人旅だけではなく、それがごくありきたりなツアーにせよ同じことなんだな。
しみじみと日本に帰ってから考えてしまいました。

極寒のモスクワ散策記  ー 完 ー

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<海外短編旅行記 第1話 極寒のモスクワ散策記 1999年9月初稿 - 2015年10月改訂>