風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

ぐうたら香港滞在記

~ 第7章 シンセンへの日帰り旅行 ~

*** 第7章 シンセンへの日帰り旅行の目次 ***

~~~ §1、いざ中国へ ~~~

今日は2日前に寝坊して成し得なかった「シンセンへの日帰り旅行」を実行しようと決めていました。目覚ましは早い時間だと起きれないかもしれないと思い、少し遅めの8時にセット。そして前回のように友人や後輩に消されないように、今回は自分の枕もとに置きました。これで準備万端。後は自分が起きれるかどうかなのだが・・・、こちらはいささか怪しい。昨夜は競馬で惨敗したので、自棄酒とばかりに気持ちよく深夜まで飲んでいたからです。しかも最近の傾向では一番私が朝寝坊をしていたりします。しかし、今日の私は何か違った。気合が入っていた為か、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまいました。やれば出来るではないか。でもこのままボーとしていたら寝てしまうかも。よしっ、少し早めに出発するか。後輩は昨日ついて来るような事を言っていたので、一応声をかけてみるものの、生返事だけで起きる気はなさそうでした。「来る者、去る者拒まず」ってな私の性格上、無理に起こす事もせず、気軽に一人で行く事にしました。

シンセンに行くのには、昨日競馬場に行く時に乗ったKCR鉄道に乗って国境まで行くのが一番手っ取り早い方法です。狭い香港といえども国境まではちょっと距離があるので、KCRの始発駅九龍まで歩き、確実に座って行くのが利口かなと思ったのですが、地下鉄のプリペイドカードがまだ残っていたし、朝っぱらから九龍駅まで歩くのも面倒臭いので、地下鉄でKCRと交わっている九龍塘駅まで行って、そこで乗り換える事にしました。

地下鉄の座席
地下鉄の座席

今日は月曜日。仕事始めなのだろうか、地下鉄の駅構内に入るとスーツを着た人がわんさかといました。まだ完全に旧正月が明けきっていないので、普段よりは少ないのでしょうが、香港島方面の電車は日本の通勤電車並に混んでいました。この光景だけを見ると日本の地下鉄の駅で見る光景とまったく一緒。ご苦労さんと言うか、なんか現実的でげんなりとしてきます。少々同情しつつ、気持ちいいほど空いている郊外へ向かう電車に乗り込みました。そこで初めて香港の地下鉄の椅子に座る事ができたのですが、これが面白い。日本の電車の椅子はクッションがついていますが、香港ではつるつるのステンレス製なのです。要は台所の流しみたいな感じで、もちろん見た目に冷たそうだとか、尻が痛くなりそうだといった事は誰しも思うのでしょうが、不便なのはそれだけではありませんでした。何気なく足を組んで座ったのですが、電車が発進した時に思いもよらないハプニングが発生。思わず「わぁー」と声を出してしまいました。なんと発進の重力がかかったことで、体が横に滑って転びそうになったからです。まったくそんな事を考えていなかったので、この不意打ちの出来事には驚きました。なんと香港の地下鉄は座るのにふんばらないといけないのか。毎日乗っていると、なんだか膝と尻が鍛えられそうだな。和式便所みたい・・・。結局、加速、減速の度に微妙に横にずれ続け、滑り台みたいな椅子に慣れないまま九龍塘駅に着きました。

ここでKCR鉄道に乗り換えです。ここまでは昨日競馬場へ行った時と同じ行程なので、迷う事なくスムーズに乗換えをこなしました。しかし乗ってみると、こっちのほうは地下鉄と一転して結構混んでいました。昨日は地下鉄が混み、このKCRは空いていたので、全く逆の展開です。乗客を観察すると、通勤というよりは家族連れや夫婦が多く、大きな荷物を持っている人も多いようです。正月に香港に帰省したり、遊びに来たり、買出しに来たりして、中国に戻るところなのだろうか。しばらく立って考えていましたが、座席が空いたので座る事にしました。

窓の外の風景は繁華街から住宅街へ、そして住宅街から山や田畑ばかりになっていきました。香港にもこういうのどかな風景があるんだな。住むなら街中のネオンやら看板やらがごちゃごちゃしたところよりこっちの方がいいかな。暇なのであれこれと考えていると、やっと国境の羅湖駅に到着。思いの他長い鉄道の旅でした。やれ着いたぞ。さて降りるかとのんきに構えていたのですが、多くの乗客は我先にと国境の方へ小走りで向かって行きました。少しぐらい急いでもどうなるって事あるまいのに。そう思いながら同じ方向へ進んでいくと、すぐに前が詰まってしまいました。そして進まない。もしかしてこれは行列?しかし一体何の行列だろう。牛歩ペースで進んでいくものの、黄大仙の時のように押しくら饅頭状態。相変わらず列のマナーが悪い。押したってしょうがないし、危ないだろうに。ムカッときながらも、タックル攻撃に耐え続けました。そして行き着いた先は駅の改札。なんだこれは。列車から乗客が大量に降りたのに、改札の数が異様に少ないのが原因でした。なんと効率が悪い。駅の改札を出るのに並ばなければならないなんて。結局、駅の改札を通過するだけで15分ぐらいかかってしまいました。

~~~ §2、中国への越境 ~~~

駅の改札を出ると、次は出国審査・・・のはずでしたが、改札を越えてすぐに渋滞。先頭が見えないぐらい長い行列が出来ていました。なんじゃこれ。これに並ばんといかんのか。帰省ラッシュの高速道路のようだぞ。東京料金所を先頭に30kmの渋滞ってなやつ。どう考えても通過するのに最低1時間はかかりそうでした。こんなはずでは・・・一体どうなってるんだ。既にひき返したくなっていました。今ならまだ今日の予定の修正ができる・・・はず。すぐに香港に戻って、きっとまだ寝ている友人達とビクトリアパークにでも行くか。いやさすがにもう起きてるかもしれん。戻っても、いなかったらどうしよう。ガイドブックを持っていないから、一人で観光するはしんどいかも・・・。それにここまでの往復の鉄道代がもったいないではないか。あれこれ考えるものの、貧乏性な性格が決定打となり、諦めて列に並ぶ事にしました。

しかし、覚悟を決めて並ぶのの、ちっとも列が進みません。おまけに先が見えないので、列がどのくらい長くて、通過するのにどのくらい時間がかかるのかといった見当が付きません。先行き不透明な日本経済と一緒だ。バブル後の不景気はいつ終わるんだ。このまま私は並んでいていいのだろうかと不安が増すばかり。これは1時間どころでは済まないかもしれない・・・。もしかしたら入国してもすぐに引き返す事になるかも。それだったら今から払うビザ代がもったいないな。帰ろうかな。再び貧乏性の悪魔が頭の中でささやいてきました。「まいったな。時間の無駄だ。なんとかしてくれ。あ~いらいらする。押すなよ!」と、胸の中でぶつぶつつぶやいていると、ふと通路の隅にロープで張られた細い通路がある事に気が付きました。何の通路だろう。最初は係りの人の通路か、出口としか思わなかったのですが、時々人がその通路を進んでいきます。彼らは何者?もしかしてVIPってやつなのか。そういえばさっき金髪でバシッと背広を着た外国人が通っていたもんな。外交や公用の特権通路なのかな。そう思ったとき金髪の欧米人のカップルが通っていきました。ん?どう見ても彼らは外交官といった部類ではなく、私と同じ旅行者っぽいぞ。もしや・・・。遠くの方に看板が見えました。頑張って目を細めて読むと「VISITOR」と書いてありました。そして並んでいる列には「中国・香港国籍」と書いてありました。なんとこれは助かった。直ぐにこの列から抜け出し、特権階級のような通路を進んで行きました。なんと気分がいい。大行列というか、すし詰め状態の列の横を涼しい顔で進んでいくと、入国審査のカウンターがありました。凄まじい事になっている香港・中国籍の行列に対して、外国人国籍の入国審査には誰も並んでいませんでした。これではまるで外交官並みの待遇だな。ちょっと気分がいい。

香港側から見た中国との国境
香港側から見た中国との国境

出国審査を終えると税関でしたが、ここはみんな素通りをしていました。税関を越えると国境の橋があり、これを渡るといよいよ中国。中国側の建物に入るとすぐにイミグレーションがありましたが、こちらはがらがらでした。混んでいるのは香港出国だけ。普通は出国よりも入国審査の方が厳しいので、入国審査側の方が混んでいるものだけどな・・・何にでも例外はあるものです。そのまま一気に入国審査を受けて中国に入国したいところですが、ここから先、外国人はビザが必要となり、そのビザをまだ取得していませんでした。もちろん正式な中国のビザがあれば何の問題もなく入国できますが、経済特区に指定されているシンセンだけの滞在なら5日間滞在可能な簡易ビザが国境で簡単に取得できるようになっています。と言う事で、ビザを持っていない私は、まずビザを取得できるイミグレーションオフィスを探さなければなりませんでした。

シンセンのビザ
シンセンのビザ

イミグレーションオフィスまでの道筋は、親切にも「こっちだよ」といった道案内のプレートが曲がり角ごとに貼ってありました。これなら迷う心配はない。なんとも親切と言うか、観光客に対しての待遇がいい。いや、経済特区とはいえここは中国だからな・・・。逆にこれだけ案内板を設置しているのだからそれ以外のところに入ったらどうなっても知らないよといった予防線とも考えられるぞ。その可能性大かも。監視カメラが設置されているし・・・。なんて考えながら案内板を辿って廊下を進んでいくと、ビザオフィスに到着しました。中に入ると数人の人が申請書に記入していました。話声から日本人も何人かいるようです。私も受付で紙をもらい、台の上でビザ申請用紙に記入し始めました。え~とこの単語の意味は本籍だったけな、現住所だったけな・・・おっ、便利なもの発見。ちゃんと日本語訳でかかれたサンプルが台に置いてありました。ちょっとびっくり。結構日本人もやって来るようです。ここは経済特区だったけな。やっぱり日本の工場なども多いのかな。書き終えると、窓口に料金の100HK$とパスポートと一緒に提出しました。窓口のお姉さんはてきぱきと働いて愛想のいい事。まるで日本で日本人に接しているような感じでした。数分待っていると、名前を呼ばれました。再び窓口に行くと、笑顔でパスポートを手渡してくれました。お堅いイメージのある中国。もっと面倒だったり、無愛想だったり、訳が分からなかったりの連続だと思っていたのに、なんかあっけなくビザが取得できてしまいました。意外に中国人は親切かもしれない。なんかイメージしていた中国とちょっと違っていて戸惑ってしまいました。

そのビザを押されたパスポートを持ち、先ほどの入国審査のゲートへ向かいました。ここまでは無駄に列に並んでしまった事を抜かせば順調です。そして入国審査のゲートが並ぶフロアーに着くと、隅っこのテーブルで何かを記入している人が結構いました。何だろう。確かめておかないと。覗いてみると、入国カードや税関申告書でした。気が付いてよかった。さっさとそのカードに記入し、入国審査を受けました。特に深い理由はなかったのですが、私の並んだ列の出国審査官は女の人でした。独特の深緑の制服が無気味に感じます。私の番がきたので、審査台に進み、パスポートと先ほど書いた入国カードなどを渡すと、ぱっぱとビザを確認して、すぐにスタンプを押してくれました。前回の旅行中に知り合った人が、「中国の入国審査官は横暴だ。パスポートを投げてよこすんだぜ。」などと言っていたので、もしかしたらパスポートを返される時に放り投げてくるかもしれないと身構えていたのですが、ちゃんと手渡しで渡してくれました。なんだ嘘じゃないか。私の中国に対する偏見の一つが崩れさりました。あんまり人の自慢話は信じないほうがよさそうだ。

税関も形式的なもので、税関の係りの人は仕事そっちのけで遊んでいました。その横を通過すると、その先は中国、そしてシンセンの町です。待たされた分、期待も大きくなるもの。どんなところだろうとワクワクしながら町に出たのですが、目の前にあった光景は香港とまるで変らない町並みでした。やたらと高層ビルが建っていて、なんだか雑然としている。そう言えば私の想像する中国とは一体なんだろう。私の乏しい知識では万里の長城や天安門、毛沢東に人民軍、自転車での通勤風景などしか思い浮かびません。そんなものがこのシンセンの町中にあるはずがない・・・いやあった。目の前の広場で緑色の軍服をまとった人民兵がたむろっていました。それをみてやっと中国へ来たんだと実感する事が出来ました。

イミグレの建物
イミグレの建物
シンセン駅前
シンセン駅前

シンセンにやって来たものの、実はシンセンが載っているガイドブックを持っていませんでした。おかげで右も左も上も下も、東も西も北も南も、白も發も中も分からない状態。とりあえずイミグレーションの建物から出て、真っ直ぐ歩くと、でんっとシンセン駅がありました。なかなかでかい建物です。ここから北京とか、上海とか、大陸を横断するような列車が出ているんだな。建物内は旧正月のせいか、かなり混雑しているような感じでした。まあ今は関係ない。それよりも・・・おっ中華の屋台か。駅前には出店が何軒か出ていました。うまそうだなと眺めていると、私は自分が中国の人民元を全く持っていない事に気が付きました。これでは何も買えないし、食べる事もできないではないか。両替をしなければと周りを見渡すものの、そういったものはありません。参ったな。そうだ。きっとさっき通過した国境のイミグレーションの建物内に両替所があるはず。再びイミグレーションの建物へ戻る事にしました。

イミグレーションの建物に戻ったものの、困ったことに銀行らしきものはありませんでした。よく考えなくても、今は旧正月期間の真っ只中。町中にある銀行は開いているのだろうか。開いていても大行列しているのではないだろうか。どうしよう。このままでは何も出来ない・・・いや、そういえば、日本を出る前に読んだ本では、シンセンでは香港のお金がそのまま使えると書いてあったような気がします。両替所がないのはそのせいか。このまま両替が出来なかったからと撤退するのはみっともない。香港ドルでやれるところまでやってみようではないか。何にしてもあの混雑した国境を手ぶらでは戻りたくありませんでした。よーし、なんかやる気が出てきたぞ。困難があれば気合も入ると言うもの。まずはシンセンに関して唯一知っている「リトルチャイナ」というテーマパークへ行ってみる事にしよう。名前の通りそこでは中国全土のミニチュアを展示していて、この園内を一通り見て歩くと広大な中国全土をたった一日で観光した気分になれるらしい。

~~~ §3、小人民への道中 ~~~

目的地が決まったので、いざ進軍開始!となるはずだったのですが、問題発生。行こうにも行き方が分かりません。最近香港人に人気の場所だし、結構大きなテーマパークなので、シンセンに着いたら案内板が出ていて、専用のバス乗り場があったりと簡単に行けるだろうと安易に考えていたのですが、そういったものは一切ありませんでした。やはり日本的な考え方は通じなかったか。というか、私が中国の事を知らなすぎただけのようです。さてどうしよう。誰に聞けばいいのだろうか。英語は通じるかな。歩いて行けるのだろうか。ここからどのくらいの距離があるのだろうか。う~ん、困った。観光案内所はないのかな。辺りを見渡してもそれらしいものはありませんでした。きっと探しても無駄なんだろうな。ここは中国だ。道路では車がわやくそになって渋滞し、クラクションがけたたましく鳴っているような国。ようやく中国について分かってきました。こうなれば頼れるのは自分だけ。なんとか自力で切り開かねば。駅前に大量にたむろっているミニバスを使ってみる事にしました。

ミニバス乗り場では、何人かの人が一生懸命客引きをしていました。こういう人がいると話しかけやすいものです。彼らが集まっている場所に行き、「リトルチャイナに行きたい。」と英語で話しかけてみました。が、みんな首をかしげているだけ。まあ予想通りの反応といったところ。ここは秘密兵器であるノートとペンを鞄から取りだし、「小中国」と書いてみました。シンセンでも有名なはずだから理解してくれるはず。すると思った通り今度は手ごたえがありました。みんなでごそごそと話し合い、「小人民」とノートに書いてきました。恐らくそれが私の行きたい「リトルチャイナ」の事だろう。中国の事を人民と書くのがこっち流なのかな。アメリカ人がアメリカの事を「ユナイテッド・ステーツ(合衆国)」と言うのが好きなように。そう確信して頷くと、客引きの一人がミニバスのところまで案内してくれました。後は香港ドルが使えるかどうかだ。乗る前に「香港$(元)可?」とノートに書くと、今度は向こうが頷きました。これで安心だ。ミニバスに乗り込んでみると、8割がたの席は埋まっていました。客の中にはあの緑の制服を着た人民兵が二人いました。彼らと通路を隔てた席が空いていたので、何も気にせずそこに座る事にしました。もう出発するのかな。しばらく待つものの、なかなか出発しません。外では車掌と思われる青年が一生懸命客引きを続けていました。どうやらこの乗り物は時間とかの概念ではなく、満席にならないと出発しないようだ。

しばらく待たされた後、やっと満席となり、私を乗せたミニバスは出発しました。走り出すとすぐ車掌の青年がお金を集めに来ました。かなり若い。高校生ぐらいだろうか。香港ドルが使えるのは分かったものの、いくらかは聞いていなかったし、いくら?と聞くために鞄からノートを出すのも面倒なので、知ったかぶりをして20HK$を出してみました。結構この方法はぼられなかったりします。すると5人民元が返ってきました。結構高い。ぼられているのか。まあ、乗る前のいきさつがあれば、いくら知ったかぶりをしても無知な外国人というのは、バレバレといったところか。むしろ気前のいい外国人と思われているかもしれない。でも値段の相場がわからないので、しょうがない。もしかしたら、よっぽど遠いのだろうか。まあいいや。少々の事は気にしない事にしました。私の次は通路を隔てた人民兵の番でした。が、いきなり口論が始まりました。見ていると、彼らは払う事を拒んでいるそぶりでした。しばらく口論が続きましたが、頑としてお金を払わないといった態度でした。集金をしている青年は泣きそうな顔で頼んでいる感じでしたが、そのうち人民兵の2人は話にならんといった感じでそっぽを向いてしまいました。人民兵は払わなくてもいい制度みたいなものがあるのだろうか。なんだかよく事情が分からないけど、人民兵の横暴な態度は見ていて不愉快でした。

走り出して15分。しかし、まだシンセン駅のすぐそばでした。凄まじい交通渋滞の為、バスがなかなか進みません。乗っていてもいらいらするぐらいですから、運転するほうはかなりフラストレーションが溜まるに違いありません。あちこちでクラクションが鳴らされ、やかましい事。香港とは違って、何もかもが混沌としている感じでした。運転手も車掌も私がリトルチャイナに行きたい事を知っているから、着いたらちゃんと起こしてくれるだろう。昨夜は夜更かししたのに、今日は朝早く起きたから眠い。ぼーとまどろみ始めました。

大きな揺れで目が覚めると、バスは渋滞を抜けたようで順調に走っていました。時計を見ると出発してから40分近く経っています。まだ着かないのか。結構遠かったんだな。でももしかして・・・車掌の方を見ると、目が合いました。でも驚く様子もなく、涼しい顔をしていました。きっとまだなのだろう。車窓を眺め始めました。なんかこのシンセンの町は町が必要以上に整備されているというか、今後の経済発展を見越して大きめに区画整備されているというか、建設中の建物も多く、成長中の新しい町といった事を強く感じる町でした。これが中国の経済成長が伸びている象徴でもあるんだな。なんとなく持っている知識をこじつけて、ほら思った通りだと心の中で喜んでいました。そして出発してから1時間ぐらい経った頃、やっと車掌の青年が声をかけてきて、「あれだろ?」と指を差して教えてくれました。その方向を見ると大きな建物がありました。恐らくあれに間違いない。ようやくリトルチャイナに到着したか。予想外に長い道中だったな・・・。バスを降りてからも、車掌の青年は親切にも手を振ってくれました。高く感じた料金はチップ込みだったのだろうか。

バスから降りて、教えられた建物の方へ向かいました。隣に座っていた人民兵も同じ場所で降りたので、こいつらも生意気にリトルチャイナに行くのかと思ったら、全然違う方向へ歩いて行きました。あれっ、どこに行くのだろう。まあいい。関わらないほうがいい。結局彼らは金を払っていないし、しかも態度が悪い。まあ同じ目的でなくてよかった。これからは人民兵には気をつけた方がいいかもしれないな。変な因縁をつけられかねない。私の頭の中のブラックリストに、人民兵は要注意人物として書き込んでおきました。

~~~ §4、リトルチャイナ ~~~

これがリトルチャイナか。入り口付近の建物は小規模でなんか地方の少数民族チックな雰囲気です。あっ、そうか。確か、中国民族なんとかというテーマパークが隣に併設されていたんだっけな。たぶんこれがそれなんだな。ってことは、あの奥にあるやつが、リトルチャイナだな。更に奥に進むと、入場券売り場があり、長い列が出来ていました。また行列か~。渋滞やら行列やら今日はよく並ばされるというか、人が多すぎなんだろうな。列に並ぼうとすると、横には誰も並んでいない窓口がありました。ちゃんと開いているのになぜだ。もしかして・・・やっぱり。そっちの方は外国人専用という札が掲げられていました。おっ、またもや特別待遇ではないか。なんて素晴らしい国だ。しかしここでは喜んでばかりもいられませんでした。外国人料金が、中国人の倍だったからです。値段表示も香港ドルになっているし。なるほど、それで窓口が分かれていて、こっちはガラガラなんだ。でも髪や瞳の黒い日本人だったら、中国人と区別がつかないに違いない。中国人の方に並んでも買えなくもなさそうだ。いや、待てよ。どうやって買おう。買う際に中国語で言わないとバレてしまうではないか。そうだ。内モンゴル自治区のファンファン族だ。中国語なんて知らんぞ!と名乗れば・・・。いやそれ以前に人民元を持っていなかった。やめておこう。いや待てよ、その辺の中国人にお金を払って買ってもらう手もあるぞ。貧乏性のせいか、色々と安く入る方法を考えるものの、面倒だし、列に並ぶのも嫌なので、素直に外国人専用の窓口で購入しました。

入場口付近
入場口付近

せっかくの高い入場券。入場ゲートではどうだ外国人専用入場券だぞと誇らしげに係りのお姉さんに見せて入場するものの、容姿はごく当たり前の中国人みたいなものなので、当たり前のように中国語でいらっしゃいませみたいな事を言われてしまいました。外国人チケットだからって、とりわけどうって事ないのね。やはりこれだったら中国人のチケットでも・・・いや、もう済んだ事だ。早速園内の散策を始めました。案内板によると、中国全土の遺跡や自然の風景のミニュチュアが、中国の形をした敷地内に当然同じような配置で展示してあるそうだ。結構広そうなので、さっさと回ってしまおう。歩き出すと、いきなり大きな池がありました。何の池だとおもったら、太平洋との事。なるほど道理ででかいはずだ。そしてドカンと大きな島を発見。何の島だろう。案内板を読むと、「中国で一番大きな島、台湾島」と書いてありました。おっと、いきなりの政治的発言。いかにも中国らしいと思ってしまいました。

リトルチャイナ1
天安門
リトルチャイナ2
兵馬俑のミニチュア

北京には天安門、桂林には山水画のような岩の風景、敷地内を延々と横切る万里の長城、そのほか周辺の少数民族であるチベットのゴンパや内モンゴルのゲルといったものまでミニチュアで展示してありました。ミニチュアといっても元の大きさが大きいものばかりなので、一つ一つが結構でかく作られていて、実物の雰囲気を感じ取る事が出来ます。なるほどなるほど。これはある意味でっかい中国の観光案内所といった感じだな。旅が好きな人間としてはなかなか興味深い。それになんか自分がガリバーになった気分になれるのも新鮮です。そうだ。これから中国を回る人はまずここに来て、どこをどう回ろうかといった計画を立てられるように、各ミニチュアの前に観光案内の係りがいて、観光案内のパンフレットを配ったり、行き方などを教えてくれるといいな。物産展なども開いて・・・それはそれで面白いと思ったけど、そうそう中国大陸を旅しようとする人もいないよな。それに広大な中国大陸に模した敷地内には全部で70以上ものミニチュアがあるようです。それに全部人を配置していたら大変だ。最初のうちは凄い凄いとミニチュアを見て楽しんでいたのですが、やっぱり所詮は動きのない模型。その内ミニチュアを見ているよりも、中国人を観察している方が面白くなってきました。

リトルチャイナ3
記念撮影の図
リトルチャイナ4
容赦ない柵越え

園内に来ている中国人は、正月ともあって家族連れ、もしくは夫婦といった組み合わせが8割を占めていました。そして家族で来た記念なのか、やたらと写真を撮っていました。その撮り方が半端ではなく、1つのミニチュアの前で1枚といった感じで、70ぐらいあるミニチュアの全てで写真を撮っているのではないかといった感じでした。だからあっちでパシャパシャ、こっちでパシャパシャ。右を向いても、左を向いても写真を撮っている光景ばかりでした。中国人って写真が大好きな民族なんだな。撮られるのを嫌うと聞いたことはあったけど、これは新鮮な発見でした。まあでもこういった光景なら日本でもあるし、そんなに驚くべき事ではないのですが、中国人の凄いところは写真を撮る時に平気で柵を乗り越える事でした。一組の家族が入ると、我が家もそこで撮ろうぜとばかりに次から次へと侵入していきます。おまけに係りの人が注意しにくると、中国語で「みんな入っているからいいじゃないか」といったような感じで、逆に文句を言っていました。これが中国なんだな。マナーのいい日本人に生まれてよかったと思いました。写真家の中にはどうしてもいいアングルで撮りたいと、怒られるのを覚悟で柵などを乗り越える事がありますが、別な見方をすれば実は中国人は写真通なのかもしれないなどと、ちょっと写真好きな私などは思ってしまいました。

リトルチャイナ5
リトルチャイナの全景

園内を歩いていて一番面白かったのが、中国人に写真を撮ってくれと頼まれた時でした。一人でぷらぷら歩いていると、中国人に理解不能の中国で話し掛けられ、カメラを渡される事が多々ありました。どう見ても見知らぬ私にカメラを譲ってくれるはずがありません。きっと写真を撮って欲しいのだろうと、笑顔で頷き、そしてパチリ。撮り終わるとまた中国語で話し掛けてきます。「シェイシェイ」といった簡単な中国語なら一応中国語を習ったので分かるのですが、そういう言葉を聞くことはほとんどなく、なんか普通に話しかけてくるから困ってしまいます。こっちは分かるはずもないので、「分からないよ」とジェスチャーをしたり、「ヤーヤー」などと適当に相槌を打っていました。撮ってもらった人は、撮り終わって初めて私が同朋でなく異国人だと知り、当然のごとくすごく慌てていました。その驚く様子が素直に顔に出るから面白く、まるでびっくり箱やどっきりカメラのようで楽しかったです。暇そうに一人で歩いているのは私ぐらいでしたから頼みやすかったのかもしれませんが、本当に次から次へとよく頼まれました。でも私の顔が中国人に似ているのもその一因だったのは確かです。ちなみに女の人は片ひざをついてちょっと斜めに座ってパチリ。男の人はピースをしたり、ちょっと斜めを向いて澄ましたポーズでパチリと撮っている人が多いようでした。

リトルチャイナ4
人民兵の人たち

ここでも人民兵の人を何人か見かけました。彼女か奥さんを連れている軍人は特にマナーは悪くないのですが、男だけの集団でやって来ている人達は、かなりたちが悪い。そこどけといった感じで我が物顔で歩き、他人の迷惑を省みない状態でした。なんか時代劇のならず者そのまんまで笑ってしまうのですが、実際にそばにいる人間にとってはたまったものではありません。なるべく関わらないようにみんな彼らを避けていました。やはり人民兵は最低な種類の人種のようです。また私の中で印象が悪くなりました。それにしても今日は人民兵によく会うもんだ。この近くに駐屯地でもあるだろうか。

一通りまわってしまうと退屈になってしまいました。やっぱり見るならミニチュアの模型ではなく実物の方がいい。シンセンの市街にでも行ってみるか。出口のほうに向かいました。それにしても広かった。もし本物の中国大陸を一周したらどの位かかるだろうか。危険な妄想が頭をよぎります。でもいつかやってみたい。又一つ大きな夢が出来ました。

~~~ §5、シンセンの町で ~~~

リトルチャイナを後にすると、大通りにあるミニバス乗り場に向いました。どこに行こう。地図一枚すら持っていないので、考えてもいい案は浮かびません。そもそも他にシンセンに見所があったっけな。何もないからガイドブックにも載っていないんじゃないか。それとも面白そうな場所を地元の人に筆談で聞いてみるか?そんな勇気はわいてこなく、駅前は一番栄えているはずだと、シンセン駅の周辺をぶらぶらする事にしました。来たところへ戻るだけなら勝手が分かっているから特に問題ないはず。ということで、敷地の外の通りに出て、そこにいたミニバスの客引きに漢字を書いて渡そうとすると、「羅湖」の「羅」という漢字が出てこない。う~ん、どう書くんだったけな。日本語なら漢字が分からなくてもひらがなで書けるのに。中国語は不便だ。まあいいか。仕方なく「シンセン(漢字)→香港」と書いたら、なんか迷って「鉄道(中国語)」と書いてきました。そうそう香港からは鉄道で来たんだよ。頷くと、「乗れ」といった合図をしてきました。私の乗ったミニバスは運転手(多分父親)と中高生ぐらいの少年二人で運営されていました。乗るとすぐ、私に「乗りな」と合図した少年が集金に来ました。行きと同じように20HK$払ってみると、10人民元が返ってきました。行きよりも5人民元も安い・・・。という事は行きのバスは確実にぼられてしまったな。

このミニバスは行きとは違う道を走りました。一体どこへ行くのだ。最初は心配になってきょろきょろしていましたが、そのうちどうでもいい事だと思い直しました。急いで戻る必要もないし、別の場所に着けば、それはそれで面白いシンセン観光にもなるというものです。ぼーと窓の外の景色を眺め始めました。路上には中国らしく自転車に乗った人がわんさかいました。そのほとんどが日本でいうなら古い型の自転車。いかにも頑丈そうで、変速ギアなど付いていなく、新聞配達に使っているような自転車です。ぼろ自転車=中国人民。よく写真など見る光景で、私の中で中国らしい風景ともいえる光景です。いや~中国に来たんだと思っていたら、最新の形をしたマウンテンバイクに乗っている人もちらほらといたりして・・・。なんか相応しくないぞ。君たち。そういうのは中国のイメージがぶち壊しではないか。もちろん乗っているほうにしてみれば、そういう考えは迷惑先般に違いありません。後は古めかしいオートバイも多く走っていました。しかも無理やり家族全員で乗っていたりと、なんか東南アジアらしい光景も繰り広げられていました。駅前は香港に似ていたけど、街外れの方は香港よりはヴェトナムやタイに似ているような気がしました。

駅前の大渋滞
駅前の大渋滞

シンセン駅前へは、行きよりも30分も長く1時間半もかかりました。バスを降りる時、少年が私に「ここでよかったのだろ」みたいな感じで聞いてきたので、指でそうだよと合図しました。すると笑顔になり、なんとなくお互い握手をして別れました。今回もチップ代込みだったのかな。一回ぼられると、なかなか不信感はぬぐえないものです。さてぶらぶらと散歩するか。あと1時間ぐらいはこっちにいても大丈夫だな。駅前をぶらぶらと歩きはじめると、朝は気が付かなかったのですが、駅前一帯が凄い排気ガス臭いのに気が付きました。なんか空気が悪いぞ。駅前の通りの方を見ると、ひどく渋滞しています。朝も凄い渋滞だったけど、状況は変っていないようです。一日中渋滞しているのか。それにまあよくもこれだけバスやタクシーがいるもんだ。ちょっと歩道橋の上から観察してみる事にしました。そしてビックリ。あるはずのものがないではないか。そう信号がない。ちゃんと信号を作って、無作法な割り込みなどをなくせば、こんなに道路を埋め尽くすような交通渋滞はしないで済むはずだという結論に至りました。効率が悪いというか、要領が悪いというか、健康に悪いというか、最悪です。

駅前付近
駅前付近

駅前からちょっとビルの建ち並ぶ繁華街の方へも足を伸ばしてみました。しかし、近代的なビルばかりであまり面白くありません。この国境付近は商業地といった感じで、生活臭が漂う風景がまるでなかったからです。ただガード下やビルの裏に回ると小さな屋台などが出ていたりするのは、中国なのかもしれません。どっちに行こうか。まるで行きたい方向の見当がつきません。ただ、この町はとんでもなくでかいなというのは実感できました。そのうちお腹がすいているのに気が付き、ガード下にあった屋台でラーメンを食べました。なんか麺がもさもさしているのがいまいち。安かったのでまあいいやといった感じでした。飯も食べたし、特に行きたい場所もないので、そろそろ香港に戻るか。駅の方に向かって歩いていると、人民兵の人が男を捕まえて、無理やり身分証みたいな物を提示させていました。かなり暴力的に見えます。さんざん嫌な面を見てきたので、仮に捕まっている男が悪くても、人民兵のほうが悪者に見えてしまうというものです。なんだかシンセンに来て人民兵の嫌なとこばかり目についたな。普通に考えれば観光客が大して気にならない部分なはずなのに・・・。

再びシンセン駅前に戻ると、この付近には小さなお店が多くありました。そういえばシンセンに来て何もお土産になるような物を買っていません。せっかく中国に来たんだから何か記念になるようなものがあれば買って帰ろうではないか。辺りをきょろきょろと見渡すと、やたらと焼き物や陶磁器の店が多くありました。そうだ手軽に灰皿でも買おう。最近灰皿収集が趣味になりつつあるし。ふらっと一軒の店に入ってみましたが、灰皿は置いていませんでした。あれっ、ない。別の店に行こう。しかし何軒か入っても、やっぱり置いてありませんでした。中国では灰皿を使わないのだろうか。ここは確かにマナー悪いしな。灰皿なんて普段は使う事がないのかも。仕方なく灰皿は諦めました。では何にしよう。次に目に付いたのが、沢山の布団屋でした。何故か多い。そして布団を持って歩いている人も多い。この街は布団が有名なのだろうか。綿の産地ではあるまいに。しかもよく見ると日本製も混じっていたりします。香港の人が安い布団を買いに来るのだろうか。疑問に感じつつも、その程度しか思いつきません。何にしても布団ではお土産にならないな。いや今晩マイ布団でぐっすり寝るというのもありか。ってそんな面倒な事をしてもしょうがない。他を探そうとあれこれ回ってみましたが、結局お土産になりそうな物は見つかりませんでした。

~~~ §6、みんなの待つ香港へ ~~~

国境の橋の行列
国境の橋の行列

ないものはしょうがない。無理にお土産を買っても荷物が増えるだけ。諦めて国境に向かいました。行きと逆の手続きを行い、まずは中国を出国。ここまでは空いていて順調。もしかしてこの時間帯は空いているのかも。しかしその期待はあっけなく崩れさりました。国境の橋の手前から行きと同じように・・・いや、それ以上に凄い行列が出来ていました。なんじゃこれ。目眩がしてくるような光景です。まともに並んだら2~3時間はかかりそうだ。でも外国人特権の通路があるはず。すぐに行きと同様の特別待遇の「VISITOR」の通路を見つけ、長い列を尻目に進んでいきました。

香港に入国すると、ここからは地元の人と合流するので、身動きの出来ないほどの混雑に巻きこまれました。これはたまらない。鞄をすられないように注意しながら、列の流れに身を任せて進みました。それにしても騒々しい事。あちこちから怒鳴り声が聞こえてきます。なんだ。喧嘩か。「足踏んだな」とか言っているのか。でもちょっと違う感じです。「おーい、ここだ。ここだ。」と言っているのかも。とにかく中国人は声がでかいので、慣れないとどっちとも取れてしまいます。だからいきなりすぐ横で喋られるとビックリしてしまいます。しばらく列の中で耐えていると、何とか鉄道の切符売り場の列の最後尾にたどり着きました。なんだかこの辺は列に並ぶ人やら改札に向かう人やらでぐちゃぐちゃ。きっちりとロープで誘導すればここまで混雑しないだろうに・・・。何よりも中国は人が多すぎる。

列のマナーは比較的よく、混んでいても横入りなどの無作法はありませんでした。ただ、いつものタックル攻撃は食らい続けていました。やっぱりこれは香港での列に並ぶマナーなのかな。それとも早くしてという自己主張だろうか。うっとおしい事はうっとおしいのですが、さすがにここのところ列に並ぶ事が多いので、私も慣れてきました。しばらく待ってやっと私の順番となりました。窓口のお兄さんに目的地である「九龍」を「クーロン」と言うと、ちょっと間があって通じました。おつりをもらい、財布にしまっていると、私の後ろに並んでいた人が窓口の人に「カオルン」と言っていました。そういえば「九龍」というのは「カオルン」とも言うんだよな。今の通じ方から考えると正式には「カオルン」が正しいのだろうか。しかしなんで二種類の呼び方があるんだろう。広東語と北京語の違いなのだろうか。

窓口から改札まで行くのも大変でした。人込みをかき分け、やっと改札へ続く列の最後尾を見つけました。また並ばないといけない・・・。本当に人が多い。ホームに入ってみると、一番最初に出発する列車は大混雑でした。その次に出発する列車も、ぼちぼち混んでいて、座れそうにありません。さらにその次に出発する列車はというと、まだ来ていませんでした。でもホームにはもう並んでいる人がいました。さてどうするか。ずっと立ちっぱなしなんていうのは勘弁です。急ぐ理由もないし、慣れない行列に疲れ果ててしまったので、座れそうな三番目の列車に乗る事にしました。出発まで30分以上もあるけど、それでも座りたい。もう混雑は勘弁。疲れたというか、人を見たくないといった感じでした。

かなり待って列車は出発しました。当然の事ながら車内は大混雑。でも座っている分には気にならないし、ラクチン。さて退屈しのぎに日記でも書くか。書いていると、周りの人の物珍しそうな視線を感じました。人が書いているものをのぞいているのか。失礼な。どうせ何が書いてあるのか分かるまい。でも彼らから見ると日本語はどう見えるのだろう?自分達の言葉と似ているけど、なんだか違う言葉。読めそうで読めない言葉といった感じなのかな。それともプライドの高い人達だから中国語の出来損ないとでも思っているのだろうか。その内、心地よい揺れが眠気を誘い、何時の間にか寝ていました。そして起きると尖沙でした。次は終点の九龍だ。荷物が無事なのを確認して降りる準備をしました。

九龍駅
九龍駅

九龍駅に着くと、ぼちぼち外は暗くなっていました。ちょっと肌寒く感じ、ネオンを灯しているビルも多い。間もなく闇が支配する夕暮れだ。さあ、重慶マンションに帰ろう。ぶらぶらと歩き始めました。宿に帰ったら二人はいるだろうか?今日はあいつらは何をしていたのだろうか。そんな事を考えると、無性に早く宿に戻りたくなってきました。帰る場所、そしてその場所で誰かが待っていてくれるというのはうれしくもあり、心強いものでもあります。しばらく歩くと、外は暗くなってしまいました。暗くなると、頭上に輝く街のネオンがやたらと綺麗に輝き始めます。そしてその中を歩く人々は楽しそう見えてきます。なんか孤独だな。輝いた場所に一人いるのは孤独に感じるものです。そんなにピカピカと元気に輝くなよ。一人とぼとぼと、友人と後輩が待つ宿への道を急ぎました。

宿に帰るとおばさんが出迎えてくれました。どこ行っていたの?との問いに、シンセンに行っていたよと答えると、まあそれは大変だったね。混んでいたでしょと返ってきました。どうやらいつも混んでいて、こういう日は特に混むらしい。そして部屋に戻ると、友人と後輩が待っていました。充実した一日を送った後に「おかえり」と言われると、とてもうれしいものです。待たせたね。じゃあ、飯でも食いに出かけようかってなもので、我々はすぐにネオンが光り輝く夜の町に繰り出しました。今度は孤独ではありません。傍から見ても楽しそうに見えるに違いありません。そういう気持ちでネオンを眺めると、なんとも楽しそうに輝いているように感じました。

第7章 シンセンへの日帰り旅行  ー 完 ー

「第8章 マカオでの大勝負」に続く

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