風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

ぐうたら香港滞在記

~ 第3章 香港島上陸 ~

*** 第3章 香港島上陸の目次 ***

~~~ §1、最初の朝 ~~~

部屋で
部屋で

2月6日、この旅での最初の朝、そして旧暦の大晦日にあたる日が始まりました。とは言っても、起きてみると、もう朝も大分遅い10時半でした。旅の初めからこれでは・・・凄まじいぐうたらぶり。ただ、昨夜は旅について考えていたり、騒音に悩まされたりして寝るのが遅くなり、結局寝たのは朝方4時近くになってしまったからしょうがないと言えばしょうがないのだが・・・あまり気合が入っていないのも確かでした。それに滞在型の旅行だし、そんなに香港に見所があるわけでもないし、これはこれでよしとしよう。それにしても起きてみると体の節々が痛い状態でした。さすがにマットを取っ払った木製のベッドは堅すぎたな。普段柔らかいマットの上に寝ていると体も軟弱になってしまうようです。他の二人はやわらかいマットでぐっすり。しかも昨夜の得体の知れない騒音の事も全く知らず、心身ともにぐっすり寝ることが出来たようです。辛いのは私だけ・・・なんとも納得のいかない目覚めでした。

起きると、邪魔になるのですぐに下に敷いていたマットを元のベッドに戻しておきました。マットを下に敷いているのをおばさんが見たら何と言うだろうか。「それはグッドアイディアだ」などと誉めてくれればよいのですが、少なくともいい顔をしないはず。文句を言われ、追い出されるのも感じが悪いので、見つからないに越した事はありません。そんな事を考えながら目覚めの一服をしていると、トイレに行っていた後輩が戻ってきて、「雨の音がしませんか?」と言ってきました。そういえばよく耳を澄ますと、外から雨音らしき音がしているではないか。今日は雨か・・・香港観光の初日から雨っていうのは幸先が悪すぎるぞ。ぐうたらしている我々の態度が雨神様に気に入らなかったのか。それとも普段の行いが悪かったのか。何にしても初っぱなから雨はきついな。やる気も半減。って雨ごときで半減してしまう程度のやる気では旅人失格だな。

ちょっと暗いムードの中、今日の予定を決めにかかりました。実は、ほぼ何も計画を立ててこなかった我々でした。まあ、これぞ個人旅行の醍醐味。傍から見ると要領が悪いと感じる事かもしれないけど、要所要所で融通が利き、行動力はなくとも瞬発力があります。なんといっても好きな時に好きな事ができ、何に対しても自由。せめて旅ぐらいはこうでありたいものだ。うむうむ。などとえらそうなことを言いつつも、単にだらずで観光欲がないだけでした。と言う事で、我々はガイドブックを眺め、今の気分では大きく写真入りで載っている香港名物のお粥を食べたいと、全員の意見が一致しました。その後の行動は天気次第。雨が強いようだったら雨でも出来る事を考えなければ。

宿の廊下
宿の廊下

宿のおばさんにおいしいお粥の店と、今日の天気を教えてもらう為に廊下に出ると、おばさんとばったり。なんてタイミングがいいのだろう。そして「グッドモーニング」ってな上級英会話での挨拶をかわし、「今日は雨が降っていて残念だ。」と言うと、おばさんは何を寝ぼけているのといった顔で、「今日は曇りだが雨は降らないよ」と言ってきました。私は「今、雨が降っているではないか」と少し憮然として言うと、おばさんは笑いながら廊下の奥の窓を指差して「見てごらん。曇っているだけで、雨は降っていないよ」と言いました。窓の所に行き外を眺めると、おばさんの言う通り曇っているものの、雨は降っていません。それに雨が降っていた気配もありませんでした。あれ、おかしいな。煙に包まれた気分でした。おばさんに「確かに部屋では雨の音がしたんだよ」と言うと、涼しい顔で「あれは上の階の排水の音だよ」と教えてくれました。あっ、なるほど、なるほど。さすがオンボロマンション。やっと納得して、当初の目的であるおいしいお粥屋の店を教えてもう事にしました。「おいしくて、安くて、評判の良い店を教えてください。」と、なかなか無理な注文をおばさんにしてみると、親切に店までの地図を書いてくれました。部屋に戻り、おばさんの話をすると2人とも元気になって出発の用意をはじめました。食後の予定は食べながら決める事にして、11時半頃やっと出発しました。良い事か悪い事なのか、旅に出ても普段の生活ペースを守る我々でした。

重慶マンションの1階
重慶マンションの1階

壊れそうなエレベーターに乗って1階に下りると、昨夜のスラム化した倉庫街は一転して普通の商店街になっていました。昨夜のおっかない雰囲気とは全然違っていてビックリ。大晦日のせいか閉まっている店も結構あるけど、いたって普通のビルではないか。ちょっと薄暗いというか、怪しい雰囲気は変わらないけど一応重慶マンションはまっとうな場所のようです。よかった。かなり安心しました。ただ店で働いている人を見ると、インド人やらアフリカ人やらと多国籍な顔ぶれでした。多国籍雑居ビルである重慶マンションらしい特徴なのかもしれません。売っているものは家電やらお土産物やら食堂やら様々。入り口付近には両替商も何件か軒を連ねていました。なんでもありというか、小さな町が出来上がっている感じです。

重慶マンションの外観
重慶マンションの外観

おばさんにもらった地図によると、重慶マンションを出て、目の前の交差点をまっすぐ行って、最初の交差点を左に・・・大体の場所をガイドブックの地図で確認して外に出ました。ん!これは・・・。目の前の光景に戸惑ってしまいました。昨夜はあれだけ感動したネオンの花道でしたが、明るい時間に見るといまいち華やかさにかけるように感じました。手品の種と言うか、舞台裏を見てしまった気分と言うか、昨夜はあれだけ感動したのに・・・なんだかありきたりの都会の風景だな。東京とあまり変わりがないかも。でも頭上に看板が多いのは香港らしいところ。頭上りに威圧感を微妙に感じるのが変な感じですが、上を見上げると、今香港にいるんだなと実感してきました。そういえば我々のマンションは・・・。ふと振り返って重慶マンションを見ると、入り口はそこそこきれいだけど、上を見上げるとひどいおんぼろでした。な、なんて汚いビルなんだ。ボロボロではないか。昨夜はライトアップされたきれいな正面玄関しか見えなかったので、綺麗な建物の割には中身がおんぼろで変な感じがしていたのですが、これで納得。入り口だけきれいにしてあるだけで、根本的にオンボロなんだ・・・。まさか自分達がここまでおんぼろの建物の中に滞在しているとは思っていなかったので、お互い「まじ~」「やばいんじゃない」などと、ちょっとビックリしてしまいました。これでは何時倒壊してもおかしくはないかも。大きな地震でもきたら、映画のワンシーンのように崩れていくのだろうな・・・。大丈夫だろうか・・・流石に人事ではないので心配になってしまいました。

~~~ §2、飲茶に挑戦 ~~~

重慶マンション前の交差点
重慶マンション前の交差点

重慶マンションの目の前の交差点は結構華やかでした。ハイヤットなどの一流ホテルやらブランドショップ、電化製品店が建ち並び、いかにも一等地というか、繁華街といった感じです。そんなわけでぐるっと辺りを見渡すとひときわ重慶マンションの汚さが目立ちます。なんでこんなおんぼろビルがこんな一等地に残り続けているのだろうか。ちょっと疑問に思いましたが、それはそれ。どことなく時代遅れの香港といった雰囲気があっていいし、結構気に入っているので、このまま残り続けてくれればいいなと思いました。その重慶マンションに別れを告げ、地図の通りに歩いていくと、まずは商店街っぽい感じのところを通りました。なんだかこの辺りはやたらと電化製品の店が多い。さすがは国際貿易都市香港というべきなのだろうか。それにしても日本製のメーカーの看板が目に付きます。日本製のものは香港で買うのが世界の常識なのだろうか。ここまで日本製のメーカーの看板が多いと、ここは日本ではないのかといった変な感じがしてきました。

おばさんにもらった地図のおかげで迷う事なく店に辿り着く事が出来ました。しかし、その店は立派なビルの中にあり、とても豪華そうな門構えをしていました。これは高そうだ。予算のオーバーなのでは・・・と、我々は自然と目を見合わせてしまいました。どうしようかと迷っていると、親切な事に店の前にメニューが置いてありました。覗きこんでみると、何がその値段かよく分からないけど、書いてある値段は我々の予算でも十分に払えるものでした。入ってみるか。恐る恐る店内に入ってみると、かなり混雑していました。係りの人がせわしなく多くの皿やセイロを運び、各テーブルでは客が楽しそうに食事をしています。なんか賑やかというか、活気がある店です。結構流行っているんだな。そんな光景を眺めつつも、どうしたらいいのか分からないので入り口で突っ立ていると、係りの人が来て、「ちょっと待ってろ(推測)」と言い、しばらく待たされました。そしてテーブルに通され、改めて辺りのテーブルを見渡すと、みんな楽しそうにしゃべりながらお茶を飲んでいました。これが香港の飲茶の光景なのだろう。それにしても朝からみんなよく食べるな。テーブルによってはセイロが山積みになっています。後輩に「朝から豪快だよね。さすがは中国人。とんでもなくでかい胃袋を持っているに違いない。」などと何気なく話しかけると、「もう昼ですよ」とすかさず突っ込まれてしまいました。「えっ、あっそうか」 私の感覚では朝食にお粥でもといった感じだったのですが、香港の時計はもう12時前をさしていました。これぞ本当の時差ぼけってやつなのかもしれない。

ウェイトレスが持ってきたメニューを覗きこむと、見事に漢字だらけでした。それも四字熟語のような長い漢字の単語ばかり。な、なんなんだ、これは。見ていると学校での四字熟語のテストを思い出してしまい、頭が痒くなってきました。一応日本人なので、ある程度漢字から意味を推測出来るのですが、詳しくはわかりません。これは魚が入っているお粥とか、これは何かの肉が入っている麺とか、餃子みたいなものかなといった事までは何とか想像がつくのですが、この魚や肉の正体は一体なんなんだ?それに味付けは一体どんなもの?辛いのだろうか?3人寄れば文殊の知恵とは言うものの、この場合は全く当てはまらず、雑魚が何人集まっても烏合の衆といったところでした。色々と食べてみたい気もしましたが、やっぱり当初の予定通りお粥が食べたい。我々は烏龍茶と無難な卵の入ったお粥と、ちょっと冒険して解読不能のお粥をメニューを指さしながら注文しました。

待つこと10分、ウェイターが持ってきたのは黒い卵が入ったお粥、そうピータン粥と、もう一方はなんだかよく分からない普通っぽいお粥でした。私はピータンを食べるのは初めてでした。しかし黒い卵とはなんとも不気味。しかも卵というよりゼラチンのような感じです。まず興味があったのでそっちから口にしてみましたが、口に入れるとなんとも奇妙な味と食感。なんか・・・、不味いぞ。私味覚ではお世辞にもおいしいとは言えず一口でパス。友人はまんざらでもないらしく、私と後輩の分までおいしそうに食べていました。もう片方の方は、これは一体何だろうかと最後まで疑問のままでしたが、それなりに美味しく食べられました。

食べ終わるとガイドブックを開いて次の目的地を決めにかかりました。「どこに行く?」と尋ねれば、「香港島にでも行ってみようか」との返答。「香港島のどこに行くの?」と聞けば、「いや、なんとなく・・・」といい加減。でもまあいい。適当に散歩してみよう。まだ香港滞在は始まったばかりだし。じゃ早速香港島に行ってみるか。お会計を頼むと、全部で42HK$と、ちゃんとした店にしては安い食事でした。地元の人で混んでいるのも頷けます。我々は満足して店を出ました。最初の朝から満足いく朝食にありつけたのは運がいい。いや、もう昼か・・・。何にしてもこの店を教えてくれた宿のおばさんに感謝しなければ。

~~~ §3、スターフェリーの旅 ~~~

スターフェリーと香港島
スターフェリーと香港島

九竜半島から、海を隔てた香港島へ行く方法は幾つかあります。一つにタクシーやバスに乗り、海底トンネルをくぐる方法。二つ目に地下鉄に乗り、列車で海底をくぐる方法。三つ目にフェリーに乗って海を渡る方法。四つ目にヘリコプターをチャーターをして海を飛び越える方法。五つ目に泳いで海を渡る方法。最後の二つは金銭的、肉体的に今回は遠慮することにして、この中で一番安くて情緒あるのがフェリーで海を渡る方法です。実は今回の香港の旅で一番楽しみにしていたのが、このフェリーの旅でした。九龍半島と香港島を結ぶわずかな距離の航海ですが、私を満足させてくれる何かがあるような気がしていました。

前回の旅で知り合った人が沢木耕太郎氏の著書「深夜特急」を紹介してくれました。この本は著者がユーラシア大陸を旅するといった旅行記で、日本人のバックパッカーのバイブルとなっているそうです。それならばぜひ読んでみなければと興味を持ち、早速日本に帰ってから読んでみました。読むと、旅始めの部分に香港が出てきて、著者が力を込めてこのフェリーの旅を60¢の豪華な旅と紹介していました。よっぽど思い入れがあるようです。これを読んでからこの香港島と九龍半島とを結ぶフェリーに興味を持ち始めました。それは前回の旅で私も同じような体験をし、共感する部分があったからです。

ボスポラス海峡とフェリー1
ボスポラス海峡とフェリー1
ボスポラス海峡とフェリー2
ボスポラス海峡とフェリー2

それはトルコのイスタンブールでの事なのですが、イスタンブールのガラタ橋から黒海沿岸までの区間をフェリーが通っています。もちろん船内は現地の人が大部分を占めていて、料金も安く、片道200円ほどでした。途中幾つかの桟橋に寄港して、ボスポラス海峡を縦断するのですが、潮風を浴び、船のベンチに腰掛けてボーと変りゆく景色を眺めているのは、とても心地よいものです。異国の地で日本の文化や風景に似ているものを捜すのも楽しいし、隣に座っている現地の人の会話や仕草を観察するのも楽しい。そして何よりも楽しみにしていたのは、終点の船着場でムール貝の揚げた物をパンに挟んだ「ムール貝サンドタルタルソースがけ」とでも呼ぶべきものを食べる事でした。これを食べている時は遥か遠くイスタンブールまで来て良かったと、一人感無量の気分にひたっていました。私はこの船旅が好きで「200円の豪華ボスポラスクルーズ」と同じように命名して、3度も往復してしまいました。そういった経緯があるので、再び楽しい船旅が出来るのではないか、お気に入りの旅情に出会えるのではないかといった期待から、今回香港での船旅を楽しみにしていました。現在は飛行機やら海底トンネルなどのスピード時代ですが、時間がかかり、時代に取り残された感じのする船旅には今尚旅情緒がぎっしりと詰まっている気がします。

香港の町並みを歩く
香港の町並みを歩く
海岸の遊歩道で
海岸の遊歩道で
時計塔の前で
時計塔の前で

私達は額に汗を浮かべながら、フェリー乗り場への道のりを歩いていました。香港の気候は2月といえども日本と比べ物にならないほど暖かい。ちょうど桜が咲く頃ぐらいの暖かさでした。宿を出る時には長袖の上に薄い上着を着ていたのですが、今は上着を脱ぎ腰に巻いていました。そして10分ぐらい歩いくと、フェリー乗り場のある海岸通りに出ました。今まではビルで視界が遮られていたけど、ここからは香港島がよく見えます。海を挟んで広がるビル群。この光景は何度となく写真で見かけた光景です。その実物がまさに目の前に広がっていました。そして実物はかなり迫力があり、これは凄いと素直に感動しました。このままフェリーに乗ってはもったいない。フェリーに乗る前にちょっと海岸を歩こうと提案し、ぶらぶらと海岸を歩き始めました。海岸は公園のように整備されていて、ちょっとした遊歩道になっています。対岸の香港島を眺めながら歩き出したものの、さえぎるビルがなくなったせいか、急に冷たい風が吹き始めました。立ち止まると肌寒く感じ、再び上着を羽織りました。

香港島のビル群はよく見えるものの、あいにくの曇り空なので香港島の頂であるビクトリアピークは見えませんでした。それでもここは香港なんだ。今香港に来ているんだ。香港に来てよかったと感激に浸るには十分でした。あれが香港島か。今から向かう先です。鬼が島に渡る桃太郎の気分というか、宝島に上陸しようとする海賊の気分というか、とてもわくわくしてきました。これは船旅も期待できるかもしれない。晴れていれば綺麗な写真も撮れるのでしょうが、今日はあいにくの曇り空。また晴れたときに来て写真を撮ればいいかな。でもせっかくだし、曇り空もまた記念になると写真を撮りました。よし、満足した。フェリーターミナルへ向かおう。遊歩道沿いに歩き出すと、素敵な時計塔を発見。なんか趣きがあるな。ガイドブックをパラパラとめくってみると、これは鉄道の駅舎の名残りとか。雰囲気がいいから写真でも撮っておこう。その前で一枚カシャ。被写体はいいとしても、背景のMOTOLLAのでかい看板がいただけないな。

スターフェリーのターミナル
スターフェリーのターミナル

フェリー桟橋に到着してみると、このスターフェリーだけでも幾つかの航路があるようで、入り口が分かれていました。特に当てがあるわけではないので、対岸にさえ着けばどこでもいいのだが・・・、でもやっぱり後で面倒な事になると困るので、行きたい場所をしっかりと確かめてから入り口に向かいました。入り口には自動改札が据えられていて、次々と乗客が乗り場に向かっています。私達も切符を買わなければ・・・あれ、切符売り場がないぞ。でも、乗客は次々と改札を通過していきます。どうなっているんだ。改札に近づいてみると2HK$の文字が書いてあり、人々はコインを入れて通過していました。直接お金を入れて通過するシステムになっているようです。なんだ。そういうことか。種が分かればバカバカしい戸惑いでした。そして我々もコインを入れ改札を通過。そして、乗船口へ向かいました。船は頻繁に行き来しているので、船に乗り込んでみると船内はさほど混んでいませんでした。

船から見た香港島
船から見た香港島
船内の様子1
船内の様子1
船内の様子2
船内の様子2

我々が席に着くとすぐ汽笛が鳴り、フェリーは出港しました。タイミングがよかったようです。波がないので、特に揺れる事もなく快適な船旅でした。最初は大人しく座っていましたが、その内外を眺める為に船の右側に行ったり、左側に行ったりとちょろちょろと動き回っていました。九龍半島側にしても香港島にしても船から眺めると、乱立するビル群が海に浮いて見えます。見方によっては、ビルが城壁と考えれば要塞のように見えますし、ガラス張りのビル中心に見ると近未来的海上都市にも見えてきます。見慣れていないせいか、なんかビルだらけの風景というのも変な感じです。ニューヨークの自由の女神があるリバティー島からマンハッタンを眺めてもやはりビルだらけでしたが、両対岸に所狭しと並ぶ香港の方が規模は上かな。ただニューヨークの方は整然としているのに対して、こっちは雑然としていました。しかし多くのビルがこれだけ乱雑に建っていると、かえって整然と建っているようにも見えてきます。一体どっちなんだ。きっとその日の気分次第で見え方が違うのでは。今日はあいにくの曇り空。気分もどっちつかずのようでした。何にしても次は晴れた日に乗りたい。そうすれば風景もきれいだろうし、また別の見方ができるかもしれません。船内では西欧人などの観光客がビデオカメラで香港のビル群を撮影していました。そうだ、我々も観光客だった。我々も観光客らしく記念に何枚か写真を撮ってみました。

あっという間に対岸が近づいてきて、船旅は終わってしまいました。ほんの10分ほどの短い船旅でした。最初から対岸が大きく見えているので、短いのはしょうがないにしても、なんか味気ない船旅でした。何が足りないのだろう。欠けているスパイスとなる要素を捜してみると、あまり生活臭が感じられなかった事が一番の原因だと感じました。船内があまりにも淡白というか、地元の人の特徴がなさ過ぎます。野菜を風呂敷いっぱい詰めたおばあちゃんとか、香港っぽい服装をしている人とかそういった香港独特の生活臭を感じる光景が全くありませんでした。それに風景も曇り空でいまいちすっきりしなかったというのも原因の一つに違いありません。かと言って、都会でローカル線みたいな事を求めるのはちょっと無理があります。ちょっと期待しすぎてしまったようだ。それが率直な感想でした。そんな事を考えながらゆっくり船から降りました。船はすぐに折返して出港するみたいで、桟橋には乗船を待つ人の列ができていました。それを横目に出口へ。いよいよ香港島に上陸だ。

~~~ §4、香港島で迷子 ~~~

九龍半島からのフェリーを降りると、そのまま地下道につながっていました。人の流れに逆らわず、そのまま地下道に入ると、比較的幅の広い地下道の隅は物売り、物乞い、大道芸人の仕事場となっていました。手品をする人もいれば、ギターを演奏しながら歌を歌っている人もいます。なんだかよく分からないガラクタのようなものを売っている人もいれば、ただ寝ているだけの人もいます。ここはこういう場所なのだろうか。香港らしいのかな。いや香港らしくないかも。何となく頭で考えるものの、昨日香港に来たばかりなのでさっぱり分かりません。ただ、ほとんどの香港人はここで足を止める事なく、早足に通過していました。香港人も忙しい人種なのだろう。大晦日だし。

皇后像広場
皇后像広場

これ以上こんな高い宿に泊るのはごめんだ。ひとまず安宿が集まっているメインバザールに向かおう。チェックアウトをして宿を出ました。玄関から外に出るとまぶしぐらい日差しが強く、そして熱風が体にまとわり付いてきました。その日差しの中では、多くの人や物が動いています。道には車、トラック、バス、オート三輪、バイク、自転車、馬車、牛、ロバ、そして多くの人間。ありとあらゆる交通手段が入り乱れて動いていました。おまけに、これでもかというぐらい鳴らされるクラクション。そして、物が動く事によって大量の砂埃が巻き上がります。空気が乾燥しているせいで、なんと埃っぽい。すぐ喉や目が痛くなりました。

地下道を抜けると広場に出ました。そして、出た瞬間に私達は思わず立ち止まってしまいました。もちろん地下道から出て、太陽の光に目がくらんだのではありません。そこで目にした光景に驚いたからです。なんと広場にいたのは多数のフィリピン女性でした。ここは香港のはず・・・だよな。一体どうなっているんだ。公園のベンチや隅っこに座っているのは、みんなフィリピン人です。しかも女性ばかり。まるでタイムトンネルやどこでもドアをくぐって、フィリピンにやってきてしまった気分でした。広場を一回りしてみましたが、この一角だけはフィリピン人に占拠されているといった感じです。まるで日本で一時期代々木公園にイラン人がたむろっていたのを思い出させてくれるような光景でした。なんで香港にフィリピン人がこんなにいるんだ。しかも女の人ばかり。よくわからないけど、あまり関わらないほうがいいかも。不気味な光景におののき、我々はそそくさと広場を通り抜けました。

後で知ったのですが、ここにたむろっていたフィリピン人の女性達は、主に家政婦として出稼ぎに来ている人達で、休みの日に同郷の話し相手を求めてこの皇后像広場に集まってくるそうです。ですからここはフィリピンの人達の憩いの広場状態となっていて、この辺り一帯はリトルフィリピンとも呼ばれているようです。そして付け加えるなら、香港にやって来る出稼ぎの女性の多くは、大学を出ているエリートで、フィリピン語、英語を話し、さらには広東語もしゃべれる人もいるそうです。そう考えるとなかなか優秀な人々です。残念ながら日本では「じゃぱゆきさん」「フィリピーナ」とフィリピン人の女性に対して売春婦的な偏見が強い状態です(今では差別用語なので死語となっていますが)。その為に最初にフィリピン人のたむろっている光景を見たときに、良いイメージを持てませんでした。これこそが差別や偏見そのものだと後で反省した次第です。

香港の二階建てトラム
香港の二階建てトラム

広場を抜けると、トラムの走る大通りに出ました。香港のトラムは2階建ての車両を使用しています。これは世界でも香港だけだとか。行き交うトラムを眺めていると、背の高いトラムは不安定で、すぐ倒れそうにも見えるのですが、今まで大きい事故はないらしい。それにしてもカラフルだ。これくらいカラフルにしなければ、派手な看板が多い香港では宣伝も目立たないのは確かです。それともお国柄なのだろうか。どっちにせよ、これだけ目立っているから事故も少ないに違いありません。突っ込んでくるとしたら闘牛の牛ぐらいかな。珍しいので何枚か写真を撮っておく事にしました。さて、右に行こうか、左に行こうか。大通りに出たものの、どっちに行こうか迷っていました。特に目的地があるわけではないので、正直どっちでもいいのですが、三人での行動なので、私だけの気まぐれな行動ばかりでは他の二人も困るだろう。とりあえず見た感じでにぎやかの方へ向かって歩く事にしました。

露店の並ぶ通り
露店の並ぶ通り

しばらくトラムの通りを歩いていると、とある細い路地では沢山の露店が並び、人々がひしめき合っていました。人々の様子から、みんな年越しの商品を購入しているような感じです。これはアメ横みたいだ。一体何を売り買いしているのだろう。市場大好きというか、生活臭の感じられる光景が好きな私の事、当然のようにこの混雑した人込みに入っていきました。これだけの人だ。財布やカメラなどをすられないように気を付けなければいけない。他の二人にも注意し、自分でも貴重品を注意深く持って歩きました。が、しばらく歩いて気が付きました。さっきまで一緒に歩いていた友人と後輩の姿が見えないではないか。おかしいな。どこへ行ったんだろう。立ち止まって捜してみるものの、まったく姿が見つかりません。どうやら人込みにすられてしまったようだ。貴重品ばかり気をつけていたせいだ。小さい物に気を取られていると、大きな者を失う。新しい諺になるかも・・・・。でも財布とは違って、自分の意思で戻って来るからいいか。多分・・・。いきなり迷子とはやはりこのメンバーは運がよくないようです。

この路地を往復して探してみたものの、二人の姿は見つかりませんでした。おかしいな。あれだけでかい図体だから見つけるのは容易なはずなのに・・・もしかして誘拐されたとか。まさかな。もしかしたら周辺の路地に紛れ込んでいるかもしれない。近くの路地や、平行している別の路地なども歩いてみましたが、やはり姿を見つけることが出来ませんでした。全く迷子になりやがって。でもこれだけ捜して見つからないのならしょうがないか。ちゃんと捜したという事で許してくれるだろう。それに初心者とはいえ2人いれば何とかなるはず・・・。ん!向こうが2人で、こっちが1人という事は・・・、民主主義のルールにのっとって考えると、迷子になったのは俺のほうか?新事実に気がつき、探す気が完全に失せてしまいました。

坂のある町並み
坂のある町並み

とりあえずこの近辺を散策してみるか。この界隈は生活臭が漂うような雰囲気を醸し出していて、私の旅心をくすぐりました。それにガイドブックは別れ離れになった後輩が持っているので、どこかに行きたくても香港島に何があるかすら分からない状態でした。この道は雰囲気がいいぞとなんとなく感に頼って歩き出すと、すぐに道は坂になっていきました。しまった失敗。今日は感が冴えていないみたい。でも戻るのも癪なので、しばらく坂を登り続けました。そしてある程度登ると、その付近を一回りして、再び元の迷子になった場所に戻ってきました。大きな荷物がなくなってせいせいすると思いながらも、やはり心配だったからです。一通り路地を歩いてみたけど、友人と後輩の姿は見当たりませんでした。それはそれでよかったと、ホッとしました。ずっと同じ場所で待たれても困ってしまいます。きっと彼らも彼らなりに行動を開始したに違いない。ガイドブックもちゃんと持っていることだし。

~~~ §5、甘いジャーキー ~~~

もう友人達を探す事は諦めたので、デパートにでも入ってみる事にしました。やはりここも凄い人込みでした。一人なので、もう迷子になる心配はありません。人ごみを掻き分けるようにしてずんずんと奥へ進んで行きました。パッと見た感じ、日本のデパートと同じでどの商品も20%、50%OFFなどの値札が張ってあり、特売のワゴンなどでは人垣が出来ていました。大晦日真っ盛りなんだな。せわしない雰囲気がひしひしと伝わってきました。とりわけ中国らしい正月の飾りには興味があったのですが、結構値段が高かったし、お土産にするのは微妙なので購入するのはやめました。それ以外で目に留まったのが、正月用の食材コーナーにがうずたかく積まれていたあわびの干物でした。特売といった札が掲げられ、この前では凄い人だかりが出来ていました。そういえばさっきも露店でもあわびを売る店は人だかりが出来ていたな。香港では年越しの料理か、新年のおせち料理かは分からないけど、あわびの干物が一番の目玉になっているのかな。日本の数の子みたいなものだろうか。美味しいのかな。考えるまでもなく高級食材のあわびだから美味しいに違いありません。話の種に私も買ってみるか。そう思って値段を見てビックリ。なんと200HK$(約3600円)もするではないか。こんなに高いと話しの種どころではない。二日分の宿代だ。あわびは諦めて、普通の食品売り場に行き、安くてビールのつまみになりそうな豚肉のジャーキーと豆を購入しました。

デパートから出ると、もしかしたら友人と後輩は宿に戻っているかもしれないと思い付き、一旦宿に戻る事にしました。九龍半島に渡る他の方法が分からないので、行きと同じようにフェリー乗り場に向かって歩いていると、絵葉書を売っている店がありました。20枚で16HK$。これは安い・・・。今年は年賀状を書くのを怠けてしまったので、香港で書いて誤魔化そうと思っていました。そういう意味では正月が2回来るのは便利だなと思いながら、絵葉書を購入しました。

フェリーに乗り、九龍半島側の桟橋に着きました。さて宿はどっちだ。多分こっちだろう。大きな通りに面していたしなといった感じで歩き出すと、マックの看板が目に入ってきました。マックか。どこにでもあるんだなと思っていると、香港の若者が自慢気にマックの紙コップを持ちながら出てきました。そういえば街中でもそういう若者を見かけたな。今、香港ではマックが若者の間で流行っているのだろうか。マックの紙コップを持って歩くのが格好いいのだろうか。そんな事を考えていると、無性にマックが食べたくなってきました。どうしようかな。そういえば昼前にお粥を食べただけだもんな。ちょうどお腹も空いている事だし・・・。でもマックだったら日本でも食べれるよな・・・。それに味も日本と変らないのではないか。何より旅に出てからまだ24時間もたっていないのに、マックを食べるのはいくらなんでも邪道なのでは・・・。

でも10分後、香港人の若者の真似をして、左手にハンバーガーとポテトの入ったマックの袋を持ち、右手にコーラの入った紙コップを持ちながら歩いている私がいました。最初のうちは颯爽とどうだといわんばかりに歩いていたのですが、5分後にはコーラを持つ手が冷たさに耐えられなくなってきました。左手に持ち替えるものの、すぐに左手も冷たくなってきました。これはシャレになっていないぞ。手袋でもしないと凍傷になってしまうかも。何回か繰り返すとコーラーの入った紙コップが邪魔になってきました。捨てるか。しかしゴミ箱が見当たりません。比較的マナーはいいようで、あまり歩道に大きなゴミが落ちているという事もありません。我慢するか・・・長袖の袖の部分を延ばして、手袋代わりにして持つ事にしました。しかしなんだな。香港人の手の皮は日本人よりも厚いのだろうか。

宿に戻ると、おばさんが出迎えてくれました。すぐおばさんに「相棒は戻ってる?」と聞くと、「いや戻っていないけど、なぜ?」と聞き返されてしまいました。これこれこういう事情で香港島の路上マーケットではぐれてしまったと説明すると、なんだそんな事かといった感じで笑われてしまいました。初日にしていきなり迷子になっているこの日本人観光客は、今まで多くの観光客を見てきた香港人にはどう映ったのだろうか。ドジな宿泊客だとしか思われていないのだろうな。おばさんの表情から察するにそんな感じでした。とりあえず部屋に入り、テレビを見ながら一人でマックを淋しく食べる事にしました。あいつら何をしてるんだろう?ちゃんと観光をしているのかな?やはり連れてきた身としては心配になってしまうのですが、子供ではないし、二人一緒に行動しているからきっと大丈夫に違いない。そう納得するしかありませんでした。

食後に一服した後は、ガイドブックもないし、二人がいつ帰ってくるか分からないしと出かける気がしなく、暇なので先程買った絵葉書を書く事にしました。鞄を開けて絵葉書を出そうとしたら、デパートで買った豚のジャーキーが目に入りました。まずはこれこれ。試食してみよう。うまいのかな。ぱくっ。ん!?えっ~!なんじゃこれ! あ、あまい・・・。予想外の味覚にビックリ。ジャーキーが甘いなんて事があっていいのか。これが香港人の味覚なのか。2切れ食べた後、手をつけることはありませんでした。後は友人と後輩に食べさせよう。それよりも気を取り直して、絵葉書を書かなければ。もたもたしていると、旧正月も終わってしまいます。「あけましておめでとう 今香港は旧正月です。・・・・」 なんだか言い訳がましい文面だけど、まあいいか。よしっ、一枚目完了だ。次は二枚目。しかし、二枚目を書き終わったところで、明日は正月なので郵便局もやっていないだろうという事に気が付きました。それだったら急いで書く事もないな。気合が抜けると急に目蓋が重くなってきました。昨夜は寝れなかったもんな。それに比べて今はなんて静かなんだろう。重慶マンションは昼間の方が静かなのかな。そんな事を考えながらいつしか布団をかぶって寝ていました。

~~~ §6、大晦日の夜 ~~~

部屋の扉が開いて、「あっ、帰ってる」という声で目が覚めました。まぶたを開けると友人と後輩でした。やっと帰ってきたか。時計を見ると、もう夕方。少なくとも1時間は寝ていたようです。しばらくは路地ではぐれた時の事や、その後何をしていたかを話しました。彼らもあの辺りを歩き回り、見つからないから諦めてトラムに乗って少し遠出をしたとの事でした。「よくトラムに乗れたね。」と聞くと、「なんか乗ってみたくて。それに二人だったから思い切って・・・」と目を輝かせていました。それは自分達で考え、行動した充実感に浸っている目でした。その様子を見る限りでは迷子もそれなりに有益だったようです。とはいえ、こっちはあれこれと気を回して疲れたんですけど・・・。

しばらく部屋でテレビを見ながらだべった後、宿のおばさんにスーパーの場所を聞き、買出しに出かけました。もしかしたら正月の間は店がことごとく閉まってしまい、食料やビールを買うことが出来なくなるかもしれないと思ったからです。それにビールなどはコンビニなどでバラで買うよりスーパーでまとめて買うほうが安いはず。行ってみると、狭い土地柄のせいか、店内は日本以上にごみごみとしていました。そして閉店間近なのか人はまばら。追い出される前に買い物を済ませてしまおう。もちろんスーパーでの買い物は万国共通。欲しい物をかごに入れて、レジに持って行き、お金を払うだけ。何も苦労する事無く買い物は終わりました。

宿に戻ると、軽く宴会。昼間の出来事や、香港の感想、そして甘いジャーキーを酒のつまみに飲みました。そして夜遅く、昨日と同じ食堂に食事に出かけました。今日の献立はラーメン。広東麺っぽいものを頼んだら、やたらと辛い野菜ラーメンみたいなものが出てきました。麺はいまいち腰がなく、スープの味もいまいち。ラーメンはやっぱり日本が上かな。それともこの店が不味いだけだろうか。何にしても明日からは正月休みだと張り紙がしてあるので、他の店を開拓しなければならないようでした。

夜の香港の町で
夜の香港の町で
元気寿司の前で
元気寿司の前で
香港島の夜景
香港島の夜景

食べ終わると、年の明ける12時にあわせて海岸付近に行ってみる事にしました。大晦日の夜なので、何かしらのイベントをやっているだろうと思ったからです。さすがに夜になると冷える。もう一枚服を着て来ればよかった。夜の町を背中を丸めながら海岸へ向かって歩きました。町はネオンが灯っているものの、あまり人は歩いていません。大晦日だというのに活気がないな。「みんな何やっているんですかね?」と聞いてくる後輩に、「みんな家で紅白歌合戦を見ているだよ。」と答えると、「え~、香港でもやってるんですか。日本と一緒ですね。」と素直に信じていました。「日本じゃないんですから」って突っ込んで欲しかったのに・・・まあいいか。そんな他愛もない会話をしつつ、途中でネオン街や怪しい雰囲気をかもし出している高級クラブなどの前で写真を撮ったりしていると、海岸に到着しました。海岸付近にはレストラン街みたいなものがあって、そこでなんと日本のすし屋を発見。香港人も寿司を食べるのだろうか。一体どんな顔で寿司を食べているのだろう。あまり想像が付かない・・・。店内の様子を見たくてもこんな深夜に営業をしているはずもなく、真っ暗。寒くてげんなりしている我々にはちょうどいい名前だったので、店の前で写真を撮り、元気を分けてもらう事にしました。

昼間写真を撮った付近に行ってみましたが、海岸の遊歩道は何人かのアベックが散歩しているだけで人影がありませんでした。こんなに閑散としていては花火の一発も上がりそうにありません。でも、12時までまだ10分ある。もしかしたら・・・。冷たい海風の吹く中、「寒い、寒い」と体を揺すりながら10分待ってみました。そして12時。何か起これと見守っていると、対岸の建物から一本のレーザー光線が香港の夜空に発射されました。おっ、何かが始まる。やっぱり待っていたかいがあったぞ。しかし、すぐに失望に変わりました。レーザー光線はちょこっと空に模様を描いただけでした。なんだこれ。ちっとも面白くないではないか。このしょぼい出し物は5分間も経たないうちに終わってしまいました。きっと誰かのいたずら程度のものだったに違いない。旧正月っていうのはこんなものなんだろうか。あれだけデパートなどは混んでいて、大晦日っぽかったのに。いいかげん体が冷えてきました。周りには体を寄せ合い抱き合っているカップルが何組かいるだけ。男3人で歩いている我々は心底冷えてしまいました。

第3章 香港島上陸  ー 完 ー

「第4章 旧正月の初詣」に続く

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<ぐうたら香港滞在記 第3章 香港島上陸 2000年1月初稿 - 2015年10月改訂>