風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

ぐうたら香港滞在記

大学時代に友人と後輩と3人で1997年に返還目前の香港を旅行したときの旅行記です。
突撃タイ旅行記と違って今回は旅の初めから一緒に香港に上陸したので、前回のように一人だけ疲れ果てていることはありませんでした(笑)。
ただ、今回はメンバー的にちょっと腰の重いタイプだったのと、旧正月の雰囲気を楽しみながら香港という町に滞在するといった滞在型旅行だったので、「ぐうたら」という言葉を旅行記のタイトルに付けてみました。

~ 第1章 我が青春の旅立ち ~

*** 第1章 我が青春の旅立ちの目次 ***

~~~ §1、我が青春の旅立ち(導入) ~~~

思えば小さい頃から私はちょくちょく1人で旅をしていました。
1人でぼ~としながら、地図や時刻表を片手に、未だ見ぬ地の事を考えるのも好きでした。
きっと何とかなる。いや何とかしてやる。
といった自信家であり、また楽天家でもあったようです。

そのような性格なので、海外への一人旅への憧れは高校時代からありました。
しかし実際に海外に出たのは大学生になってからで、大学時代を振り返ってみると2回の家族やグループ旅行と、3回の一人旅を行いました。
一人旅に関していえば、最初はトルコを中心に、そして2回目はインド、3回目はモロッコを中心に旅をしました。
今振り返ってみると、1回目は無我夢中という言葉がふさわしく、必死になって旅をし、2回目になると緊張も取れ、ゆとりを持って旅ができ、3回目はどことなく心のよりどころを求めて旅をしていたような気がします。
もちろんその時の心境、境遇が大きく作用しているのは言うまでもありません。
そういった感じなので、今、大学時代の旅を振り返ってみると、2回目の旅が一番心身ともにリラックスしていて、物事に素直に触れることができ、思い出も多かったように思えます。

この旅行記はその2回目の旅行中に書いていた日記を編集したものです。
編集する前の日記は自分で読み返してみると、懐かしいしくもあり、青臭くもあり、思わず苦笑いしてしまうような物でした。

その日記の表紙に付けた題名は「我が青春の旅立ち」。
なぜこの名前を付けたのかはよく覚えていませんが、きっと私なりに色々思うことがあったのでしょう。
自分でも学生時代の自分の物事に対する考え方や観察力、行動が懐かしく、改めて旅行記として編集していても「青春」という言葉がふさわしく思えたので、そのまま使用しました。
最初の予定では香港から始まり、長旅を経て日本に帰国するまでの旅を「我が青春の旅立ち」という旅行記として書くつもりだったのですが、日記は途中までしか書いていなかったし、あまりにも長い話なので、途中で製作を挫折してしまいました。

現時点で製作してあるものは、この「ぐうたら香港滞在記」の他には「インド入国騒動記」「海外ツーリング日記ネパール編97'」などがそうです。
いずれこういった話をつなげて「我が青春の旅立ち」という一大叙事詩を完成させたいななどと思ったりもしていますが、実現するかどうかは風任せといった感じです。

*当時のレートは1HK$(香港ドル)=17~18円でした。
*基本的には当時撮った写真を載せていますが、イメージがつかみやすいように後年の旅行の際に撮った写真も使用しています。

~~~ §2、プロローグ ~~~

昨年は、初海外一人旅としてトルコやエジプトを訪れ、すっかり一人旅の魅力にとりつかれてしまいました。そして今度はバックパッカーが一度は訪れる国インドへ照準を合わせました。なぜインドを選んだかというと、前回の旅で知り合った人々が、口々にインドでの武勇伝を自慢するのを聞いて、負けじと武勇伝を作りに行こうと思ったからです。彼らの話を聞くと、いかにインドが大変だったかというような話ばかりで、彼らの自慢げに話す口調から「インドを訪れなければ一人前のバックパッカーではない!」といったようなものを感じました。そんなにインドは凄いのか。俺も負けてはいられない。一人前の旅人になってやるぞ。もちろん、そういった単純な理由だけではなく、インドという国を調べてみると、色んな文化や遺跡が混じっていて、旅をするには非常に面白そうなところだと感じたからです。きっかけは何にしても有意義な旅ができそうだと思い、インドへの旅立ちを決めました。インドの他には、今年の7月には香港がイギリスから中国に返還される事になっています。今後も香港は香港であり続けると思いますが、返還前の香港、イギリス領香港は今しか見れません。香港もぜひ行ってみたいと候補地に挙げていました。さてどっちに行くか・・・と考えるまでもなく、日本から見れば同じ西の国。どうせなら両方行ってしまおうではないか。まず2月7日は旧暦の旧正月なので、それに合わせて香港を訪れ、その後にインドへ行こう。漠然と計画が立ったところから、この話が始まります。

計画が決まったのは年が明けてからでした。出発まで1ヶ月を切っていたので、すぐにでも航空券を手に入れなければなりません。しかもテレビによると、香港は返還前の空前の観光ブームらしい。なるべく早くしないと飛行機の席が取れないかもしれない。かといって大学のテスト日がはっきりしていないものもあります。色々と融通を利かせてもらうためにも、前回お世話になった代理店に航空券の依頼をしに出かけました。日本→香港→インド→日本のルートで格安航空券を探してもらうと、このルートは格安航空券でもえらく高い事が分かりました。そもそもそのルートで飛行機を飛ばしている格安航空券の定番航空会社がなく、高級にランクされるキャセイ航空でのフライトしかありませんでした。払えなくはない金額ですが、結構しんどいところ。代理店の人に、「何とかもっと安くなりませんか」と頼んでみても、もう既に安くなっているから格安航空券。代理店の人も、「安くしたいのは山々だが・・・気持ち程度しか安くはできません」と、私の困っている顔を見て、これまた困っていました。やれ困ったなと二人で考えていると、ふと思いついたように代理店の人が奥に入っていきました。そして持ってきたのは、今までのアジア圏の航空料金ファイルではなく、アメリカやヨーロッパの航空料金が載っているファイルでした。何でこんなのを持ってきたんだろうと思っていると、「あった、あった」とうれしそうにファイルを指し、満面の笑顔で「これはどうですか」とファイルを見せてきました。なんだろうと覗き込むと、指を指しているところには「世界一周」と書いてありました。えっえ~~~~、世界一周。なんだそりゃ。

その項をよく見ると、ユナイテッド航空のキャンペーンフライトと書いてあって、東京→香港→デリー(インド)→ロンドン(ヨーロッパ)→アメリカ→東京のルートでのフライトとなっていました。なんだか壮大なフライトですが、一体いくらなんだと思って値段を見ると、東京→香港→インド→東京の値段より遥かに安くてビックリ。場合によっては香港を諦めて東京→インド→東京のエアーインディアの学生割引料金で行こうかと考えていたのですが、それよりは少し高いにしてもなかなか魅力的な値段でした。それに世界一周・・・なんていい響きなんだろう。旅人してこれほど魅力的なものはありません。更にこのフライトにはおまけがついていて、マイレッジの会員に入れば2万マイル貯まるので、アジアまでの無料航空券がもらえる計算になります。後々のことを考えるならインドを単純往復するよりも絶対に得だ。私は迷わず、これでお願いしますと即決したのでした。

前回のタイ旅行では後輩を二人連れていって、とても楽しかったし、色々と喜ばれました。その事に気を良くして、今回も行きたい人を募集する事にしました。募集地は香港です。インドは誰も行きたくないみたいだったし、ロンドンは遠く、物価も高い。アメリカはわざわざ合流してまで見るものもなさそうだし、私の滞在も5日と短い。それで近くて気軽に行けそうな香港という事になりました。更に付け加えると、前回は旅の終わりに後輩と合流したのですが、こっちは旅の終わりでも向こうは旅の始め。はしゃぎまわる後輩にえらく疲れたという苦い思い出があります。そういった意味でも旅始めの香港は私にとっても好都合でした。今回は近い事や今話題の香港とあって、みんな結構行きたそうにはしていましたが、やはりお金の都合が一番。前回の二人はお金の都合がつかなくリタイヤ。まあ同じメンバーで行っても変わり映えがしないのでよしとしよう。そして募集してから一週間後、今回集まったメンバーは友人と別の後輩の2人。私を入れるとまたもや3人ペアーでの出発となってしまいました。3人というのはなかなかやり難い数です。易経にも「3人行けば、1人失う」と書かれているぐらい難しい数なのです。前回は後輩が2人だったので私が引いて後ろにいましたが、今回は後輩が1人。うまくやらないと易経の手本?になってしまうかもしれません。

大学のテスト期間中の1月下旬は、旅の準備にテストに就職活動ととても忙しく過ごしていました。就職活動については登録だけ済ませて、本格的活動は旅から戻ってからどうするか決める事にしました。そしてテストの合間にインド大使館にビザを申請しに行きました。旅行シーズンを控え、大使館の中は学生で一杯でした。インドを旅しようとする人達が集まっているだけあって、どの顔もそれとない顔つきをしていて、服装もなんとなく小汚い格好の人が多いように感じました。気分だけはもう既にインドへ行っているからこういう格好をしているのか、それともこういう人がインドに行くものなのか微妙なところですが、普通の格好をした私は、ただ冷ややかにここは日本だぞと眺めていました。しかし、受付をしている時にビザ代のおつりを間違えて渡され、「やっぱりここはインドかもしれない。油断ならないぞ。」と思い直したのでした。

~~~ §3、出発 ~~~

再び旅が始まりました。無から有が産まれないのと同じで、旅の始まりにも必ずきっかけ、何かしらの動機があります。失恋、失望、現実逃避、好奇心、快楽、自己鍛錬など様々な理由が考えられますが、今回の私の場合、自分自身に対する挑戦と現実逃避が入り混じっていました。淡い期待かもしれないけど、旅に出れば必ず何か自分自身にとってプラスになる事が見つかる気がしましたし、自分の気持ちでどうしても確かめたいこともありました。その為にも「挑戦」というテーマを持った旅を心がけることにしました。成せばなる!・・・はず・・・だよな~。正直、不安も一杯な出発でした。

色々と忙しくしていると、あっという間に出発の当日となっていました。今回の出発までの時間は、前回の時と比べて短かく感じました。前回は始めての一人旅。何を持っていこう。足りないものがあったらどうしよう。勝手が分からなかったので、色々と準備に余念がなかったの対して、今回は少し慣れたもの。それに日本出発の段階から友人と後輩が一緒なので心強く、準備のほうはかなりずさんでした。しかし出発当日は前回よりも慌しいものとなってしまいました。精神的にも旅慣れたというべきか、緊張感がなくなってしまったというべきか、余りいい事ではない事は確かです。何とか待ち合わせ時間に間に合うぎりぎりに用意を終え、家を出発しました。見送る親も前回よりは心配も少ないはず。急ぎ足で駅に向かって歩いていましたが、途中で予備の眼鏡を忘れた事に気がつきました。まあいいか・・・。いや、目が悪い私にとっては命取りになるぐらい大事なものだ。さすがに現地ですぐに調達できるものではありません。約束の時間に遅れたくはないけど・・・仕方ない。思い直して、引き返す事にしました。

親に「もう帰ってきたの」と揶揄を入れられ、我が家に帰還。そして眼鏡を鞄に積め、再び出発しました。ただでさえ遅れかかっていたのが、一段と遅れてしまった。間違いなく遅刻だな。急ぎ足で駅まで歩き、電車に乗って待ち合わせ場所の渋谷駅に向かいました。結局、渋谷駅には約束の1時に15分も遅れて到着しました。時間を守るのが心情の私にしては珍しい事でした。命にかかわるような大事な眼鏡のスペアーを取りに行っていたから、しょうがないとすべきか・・・友人達も許してくれるだろう。普段遅れない人が遅れると心配になるものです。一緒に行く友人と後輩は始めての海外旅行だし、きっと二人とも顔を引きつらせながら待っているに違いない。そこへ颯爽と真打の登場。そして拍手喝さい。なかなかいい場面だ。私も罪な人だな~。うむ。そんなえらそうな事を考えながら約束の場所であるホームの端っこに行ってみると、後輩が心配そうに立っているだけでした。「すまない。遅れてしまった。」と友人の姿を探すものの、あれっ、見当たりません。私を探しに反対側のプラットホームの端にでも行っているのだろうか、それとも我が家に電話しに行ったのかな?などと、善意に解釈しつつ後輩に聞くと、まだ来てないとの事。あいつ真打よりも遅れやがって・・・じゃなくて大丈夫だろうか。待ち合わせ時間を間違えたのではと、友人宅に電話してみると、大分前に出発したとの事。では待つか・・・そして心配しながら待つ事、15分。1時半すぎに、ようやく彼はやって来ました。しかも私よりも堂々とホームを歩いて。それにしても今回の旅は最初から遅刻者二名。まとまりがなさ過ぎるぞ。これから先が思いやられそうな気がしてきました。

~~~ §4、旅立ち ~~~

我々は当初の予定よりも30分以上も遅れて渋谷駅を後にしました。こんな事もあるだろうと時間に余裕を持たせておいて正解でした。まだ切羽詰って慌てるような時間ではなかったので、予定通り渋谷駅から上野駅へ向かい、京成線の特急に乗って成田に向かいました。時間と手間がかかるけど、このルートが一番安く成田に行く事ができるからです。旅始めから贅沢は禁物。体力や気力が十分にある状態だし、ラッシュの時間ではなので、少々の手間をかけるぐらい何の問題もありませんでした。そして何の問題もなく成田第一ターミナルに到着しました。渋谷駅や上野駅ではバックパックを背負っていた我々はかなり目立っていましたが、ここまで来ると同じような旅人ばかりなので、そうでもありません。むしろそういった人達を見ると、いよいよ旅に出るんだと実感が湧いてきて、少し緊張してきました。

成田空港の厳重な警備網というか、厳重そうに見えて日本人に対してはかなりいい加減な警備網をなんなく通過して、4階の出発ロビーに上がりました。このフロアーは、広い空間の中に航空会社のカウンターがずらっと並んでいて、多くの旅行者や空港関係者が行き来しています。さすがは日本の空の玄関だけのことはあって、なかなか壮観な眺めです。みんなこれからの旅に胸を膨らませているんだろうな。すれ違う旅行者の笑顔を見ながらそう思いました。我々とて同じように見えるに違いありません。現に足取りが軽く、これからの旅に心がウキウキしていました。まずは手続きを先に済ませておこう。重い鞄を持ってうろうろするのは面倒だ。ユナイテッド航空のカウンターに行き、搭乗手続きを済ませました。

身軽になった我々は、とりあえず一服する事にしました。喫煙場はどこだ?探すと中二階のような場所に喫煙場がありました。階段を登ってみると、ここからは出発ロビーが一望できて、なかなか眺めがいい。それにしても旅行者が多いな。みんな何をしに海外へ行くのだろう。スキー板を持っている人はカナダにでも行くのだろうか?サーフィンボードを持っている人はオーストラリアかな?集団でいる若い人はヨーロッパへの卒業旅行だろうか?スーツを着た人は出張なのだろうか?上から眺めていると、結構面白いものです。みんな楽しそうだな。でも、この大勢の人全てが同じような笑顔で戻って来る事ができないのも事実です。成田離婚に海外旅行詐欺、交通事故やテロに巻き込まれたりと、実際問題、海外に出ると日本にいるよりもトラブルや騒動に巻き込まれる可能性が高いのです。場合によっては命を落として二度と日本に戻って来れない事もあります。これだけ大勢の人が海外に出るのだから、しょうがないといえばそうかもしれません。しかしなんでこんな事を考えているのだろう。旅に出る前から縁起でもない。今回の旅に自信が持てていない証拠なのだろうか。それともインドのガイドブックに書かれていたトラブル例の多さにもう既におののいているのだろうか。

成田空港の夕暮れ
成田空港の夕暮れ

一服した後、まだ出国ゲートに向かうには少し時間があったので、飛行機に乗るのが初めてな友人の為に屋上の見学デッキに登ってみる事にしました。喫煙場から階段を上がり、5階のデッキに行ってみると、そこは金網に囲まれた世界でした。地方の空港などとは違って、さすがは警戒厳重な国際空港と言うべきなのかもしれませんが、これではまるで動物園のサルの檻に入れられた気分かも。その金網の檻の中から空港を眺めると、夕日をバックにちょうど飛行機が着陸してきました。すさまじい轟音と共に降り立つ様子は、夕日をバックにしているせいか、とても幻想的に見えました。きっと飛行機を見たことのない人がこの光景を見たなら、巨大な鉄の固まりが降りてくる様子を「神の鳥」が降りてきたと思うに違いありません。そんな事を考えてしまうぐらい夕日をバックに降り立つ飛行機は神秘的に感じました。だいたい日常的な法則で考えれば、あんな馬鹿でかいものが空に舞い上がる事自体が不思議なのですから。

時間がきたので、再び4階に降りて出国審査のゲートに向かいました。いよいよ出国だ。出国してしまえば後に引き返せません。旅のけじめという面では第1関門となります。幸いな事にずらっと並んだ出国審査のカウンターはがらがらでした。誰も並んでいないゲートに向かい、審査官にパスポートと出国カードを渡しました。ちらっと私の顔を一瞥しただけで、すぐに出国スタンプをパスポートに押して返してくれました。これくらいスムーズに事が運ぶと気持ちいい。しかもパスポートを渡される際に「いってらっしゃい。」と一声ついてきました。今まで出国する時には聞いたことのなかった一言。些細な一言ですが、つっけんどうにパスポートを返されるより遥かに気持ちいい事だと感じました。

出国審査を通り抜けると、何軒かの免税店が並んでいました。その付近はデパートの1階の化粧品売り場のような匂いが立ち込めていました。毎度思うのですが、この香水の匂いはたまりません。しかし、この匂いを嗅ぐと、どことなく不安な気持ちに駆り立てられてしまいます。恐らく私の頭の中では「香水の匂い」=「免税店」=「海外」といった図式が出来上がっているようです。ですから、最近ではデパートなどに行って、同じような匂いを嗅いでも、やっぱり海外旅行に行くような気分になってしまう事もあります。条件反射というのは恐ろしいものです。そんなことはさておき、タバコを買う為にその中の一軒の免税店に入りました。免税店だとタバコがえらく安い。まるでタバコのバーゲンセールといった感じです。普段もこの値段で売っていればなどと思うのは、もちろん私だけではないはず。私達は多分しばらくする事のない日本語でする日本円での買い物を済ませて、搭乗ゲートに向かいました。そして飛行機の座席に着き、これからの旅に胸を膨らませながら離陸を待ちました。いよいよ旅が始まる。いざ旅立ちだ。

第1章 我が青春の旅立ち  ー 完 ー

「第2章 香港到着」に続く

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<ぐうたら香港滞在記 第1章 我が青春の旅立ち 2000年1月初稿 - 2015年10月改訂>